第18話 立派な冒険者になるまで、ここには来ない

「それでミナ。マサキの奴はちゃんとやっているのかい」



 暖かな木漏れ日の差す庭園で。

 特製のハーブティーの味を懐かしみつつ。


 私——ミナは、シスター・ステラに返答する。



「ええ。頑張ってるわよ。

 特に最近はなんだか、とっても楽しそうで。

 見ているこっちが嬉しくなるくらい!」



 フン、と。

 相変わらずの仏頂面で、シスター・ステラはカップに口をつける。



「あの子が楽しそうな時は、大概ロクな事がないんだよ。

 どうせまた、自分のことしか考えずに好き勝手やってるんだろうさ。

 周りの迷惑なんか考えもしないんだよ、あの子ときたら。

 冒険者なんかさっさと辞めて、カタギの仕事を探せばいいんだよまったく」


「いけませんよシスター・ステラ。

 せっかくミナさんが久しぶりに遊びに来てくれたっていうのに、そんな冷たい態度では」


「なんだいアンタまで。仕事の途中じゃないのかい。

 油売ってるヒマがあるなら、子供たちの相手でもしてやりな」



 お茶のお代わりを持ってきてくれた赤毛の女性、シスター・リセリナ、ステラと一緒に孤児院を運営するスタッフだ、が苦笑いする。



「いいんですよ、シスター・リセリナ。

 愛想のいいシスター・ステラなんて、調子が狂っちゃう。

 ああ、久々に会えたってを実感して、嬉しくなってきちゃったわ」


「なんだい。アンタも言うようになったね、ミナ」


「ふふふ、私ももう大人よ?

 ここでお世話されてた頃とは違うわ。


 それはマサキも同じよ。本当に頑張ってるんだから。

 何しろこの間、ついにD級昇格試験に合格したのよ!」


「まあ!あのマサキさんが!?

 それはすごいですね!」


「ええ。しかも、一緒に冒険する仲間ができたんですって!

 今度紹介してくれるって言うの。楽しみだわ!」


「——フン!はしゃぐんじゃないよ、アンタ達」



 シスター・ステラがつっけんどんに言い、カップのお茶を一飲みにする。



「仲間ねえ。マサキが迷惑をかけてなけりゃいいんだけどねえ!

 それにD級だって?フン!良かったと言っていいんだかねえ。

 危険だって増えるだろうし、慣れない仕事でくだらないポカをしなきゃいいんだがね!

 なにしろ、抜けたところのある奴だからね!大怪我する前に辞めてくれればいいんだけどね!」



 そんな風に毒づきながらも、頬がひくひくと緩み、口角が上がってるのを見て、シスター・リセリナと二人でくすくすと笑った。

 本当に、ちっとも変わっていなくて嬉しくなってしまう。



 そうこうしているうちに。

 孤児院に来客があった。



「こんにちわー!ボルタック魔導具店でーす!

 洗濯機のお届けに参りましたー!」


「な、なんだいアンタ!

 洗濯機!?ウチは頼んでないよ!?

 し、しかも乾燥機能付きの最新機種の、こんな大型を2台も!?

 も、持って帰っておくれ!とてもウチじゃ払えないよこんなもの!」


「いえ、お支払いはもう済んでるので、設置するだけですよ。

 洗濯所はどちらでしょうか?」


「な、なんだって!?心当たりがないよ!

 アンタ、何か間違えてるんじゃないかい!?」


「確かにこちらの孤児院宛のご注文ですね。ええと、『匿名希望の卒院生』様からの」


「匿名希望!?なんだいそりゃ」



 慌てふためくシスター・ステラを、シスター・リセリナがなだめる。



「まあまあ、いいじゃありませんか。

 ちょうど古い洗濯機の調子が悪くなっていましたし。流石に限界が来たのかと困っていたところです。

 これで手洗いの手間が省けて、大変助かります。シスター・ステラも冷えで関節が悪くなっていたじゃありませんか。

 時々ある、卒院生からの贈り物ですよ。ありがたく頂いておきましょう」


「しかし、こんな高価な物を受け取るわけには!」


「貧者への施しは経典に定める功徳です。

 だから、ありがたく頂いて子供達のために使ってあげるのが神職者の役目でしょう」


「う、う……。でも」


「あのー、設置工事をしたいんですけどー」


「……ああ、もう!わかったよ!仕方ない!

 ええい、こっちにおいで!気をつけて運ぶんだよ!」



 業者さんを率いて、シスター・ステラが院内に入っていく。

 私もそろそろ引き上げようかしら、と思っていたら。



「ミナさん、あの洗濯機はまさか、マサキさんが……」


「……内緒ですよ?シスター・リセリナ。

 あの子ったら、立派な冒険者になるまで、ここには来ないなんて言ってるんだから」


「そうですか……」



 ふと、侘しげな顔を見せながら。



「マサキさんのこと、よろしくお願いします。

 シスター・ステラではありませんが、何処か危ういところのある人なので……。

 どうか、ミナさんがよく見てあげてください」



 キッチリと90度のお辞儀をするシスター・リセリナに。



「ええ、もちろんです。

 マサキは、私の——」



 トゥンク。

 あの屈託のない笑顔を想像し、不意に熱い何かが胸の中にじわりと染み渡るのを感じながら。



「マサキは私の、大切な弟ですから」


——

【作者より】

ご愛読ありがとうございます。

次の一話で第一章完です。


面白い、二章以降も見たい、続きが気になると思って下さる方は、応援コメントやレビュー(星)を是非是非お願いいたします!

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