第28話 開戦前までは誰だって最強

 高鳴る鼓動に導かれるままに、鮮やかな赤の絨毯の上を駆けていく。


 ジャスミンの背中にぴったりとついて、決して離れないことを意識する。昨日はついていくだけでも精一杯だったことを考えると、我ながら一日でよく成長したのではないだろうか。


 ワンドを持つ手が微かに震えているのは、緊張というよりはむしろ武者震い。ジャスミンの背中を見つめているだけで、勝てる――という根拠のない自信が胸に溢れ出す。


「おそらくこの先にいる。扉を開け次第、あなたは左に展開して」


 廊下を駆け抜け、舞踏広間の前へ。ジャスミンの指示どおり、扉を開けた瞬間に左へ曲がる。ジャスミンは右へ――えっ、わたしひとりになっちゃうってこと?


 ワンドを強く握りしめる。心臓の送り出す血液がぐんぐん頭へ昇ってきて、頬が燃えるように熱くなった。走行に合わせて駆け巡る景色。華やかな装飾の数々。真っ白なテーブルクロスが敷かれた円卓。その向こうに――


「……居たっ!」


 ゴシックロリータのフリルが揺れる。ヨヒラの姿を視認して、リリィは素早くワンドを構えた。


 大丈夫。練習どおりに照準エイムすれば、わたしにもきっと――


 しかし照準器サイトを覗き込んだ瞬間、突如としてリリィの脚が力を失う。がくりと膝をつき、ワンドを掴む腕も脱力してしまった。いったい何が起きたのか分からない。体中が痺れたような感覚。ふと自身の身体を見ると、リリィが纏うドレスはその輝きを喪っていて――


 ――もしかしてわたし、もうやられちゃったの?


 横合いからソレイユに撃たれたとか、そういうことではなく、ただ単純にリリィより速くヨヒラが撃ったから、負けた――その事実をリリィは信じることができなかった。あんなに一生懸命に反動制御リコイル・コントロールを練習して、ジャスミンさんとなら勝てるって意気込んで、そしていざ戦うってなった瞬間に――これ?


 その後の戦闘を、リリィは膝をついたまま呆然と眺めることしかできなかった。リリィを撃破したヨヒラは、リリィに一瞥もくれず、ソレイユの援護に回る。二対一。しかしジャスミンはその人数不利をものともしない。手早くソレイユを撃破したジャスミンは、続けてヨヒラと対峙し、ソレイユから受けた多少のダメージはあったものの、危なげなくヨヒラとの正面対決を制してしまった。


「くあーっ! どうしてあそこで右に避けなかったんだよ、ヨヒラ!」

「先に倒れた貴女が言えることじゃないでしょ。自分で言うのもなんだけれど、私はよくやったほう。あのプレミアム・ランカーが強すぎるのよ」

「初心者とのデュオなら実質二対一だし、勝機はあるはずなんだけどな〜……」


 なんて反省会をするふたりを、リリィは遠巻きに見つめるだけ。


「ほら、もう回復したでしょ。立って」


 気づけばジャスミンが隣に立っていた。


「デュエル・ルールは基本的に十本先取。今ので一勝だから、私たちはあと九回勝たないといけない」

「は、はい」


 どうにか腰を上げるも、両足を地面についているはずなのに、どこか宙に浮いたような感覚。今この瞬間をどうしても現実として受け止められない。リリィはそのままとぼとぼとジャスミンの後ろを歩いていく。


 勝ちはした。しかしこれはリリィの求めた勝利ではなかった。リリィはジャスミンと力を合わせて勝利を掴みたかったのであって、自分だけ蚊帳の外でいつの間にか勝敗が決してしまうような展開を望んでいたわけではない。チームとしては勝利でも、個人としては敗北。ジャスミンがプレミアム・ランカーとして圧倒的なスタンドプレーを見せつけただけで、リリィは勝利に何の貢献もしていない。


 勝ちたいって気持ちがあれば勝てる――それはもしかしたらあまりにも甘すぎる見立てだったのかもしれない。よく考えてみれば当たり前だ。ソレイユもヨヒラも、対戦相手だって勝ちたいと思って戦っているのだ。気持ちの話だけ考えても、お互いに勝ちたいと思っていれば勝率は五分。そこに実力差を鑑みれば、昨日FHSを始めたばかりの初心者であるリリィは圧倒的不利を背負っている。


 でも実力のないわたしには勝ちたいって気持ちしかない。やってみなくちゃ、ずっとできない――だからわたしは挑戦し続けることしかできない。たとえ何度失敗しても、わたしに立ち向かう以外の選択肢はないんだから。


 無力感が少しずつリリィを蝕んでいた。それから目を背けるために、リリィはさらなる焦燥の螺旋へと呑み込まれていく――

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