第35話 スペラの覚悟~その2~

 グスタフはすぐに見つかった。里の中央、縛り上げられて山積みにされた盗賊たちのすぐ横で、すっかり傷も毒も回復したニーニャと何やら戯れている様子だった。


「ぐぬぬぬっ……! 次は絶対負けないからっ! 次の三邪天はアタシが倒すからっ!」

「どおどお」


 それは、どうやら荒れているニーニャをグスタフがなだめている構図のようだった。困ったように笑っているグスタフの顔が、ふいにスペラの方へと向く。


「あっ、スペラさん」

 

 ……よしっ、とスペラは改めて意気込んで、ザッ、と彼らの正面に立つ。


「あのっ、グスタフさんっ! どうでしょう、よろしければこれから私とあちらの茂みの方で少しばかり【紳士淑女のたわむれ】を──」

「よかった。探してたんだよ。あのさ、突然で悪いんだけどスペラさんたちには里から避難してほしいんだ」

「──って、えっ?」


 グスタフの言葉の内容に、スペラの勢いは減速してしまう。……それはいまからの流れでこちらが頼もうとしていたことでは? と、あぜんとなった。

 

「いや、ホントにいきなりのことだとは思う。でも確実に、とは言えないけどさ……たぶん近いうちにこの里にはまた魔王軍がやってくる可能性が高い」

「は、はぁ……」

「それで、もし逃げる場所に困るようなら王国の城下町に来るのはどうかなって思ってるんだけど……どうだろう?」

「え、えっと……実は私もそれを頼みに来たのです。王国にエルフの民を受け入れてもらえないか、と」

「えっ、そうだったの? そっか、それなら話が早くて助かる」


 グスタフはホッとしたように微笑むと、それから具体的なスケジュールや国王の許可が降りるまでの間の避難キャンプの設置など、最速でスペラたちが里から逃げられるようにするためのいろいろなアイディアを聞かせてくれる。

 

 ……これはいったいどういうことだろう。こちらが頭を下げて『私の体をいくらでも自由にしていいから、どうか里の民たちを』と頼むはずだったのでは、とスペラは首を傾げた。


「あの、よろしいですかグスタフさん?」

「あ、うん。どうぞ?」

「その、王国に避難させていただくにあたってですが、エルフの里のすべての財をかき集めても、全員を受け入れていただくにはあまりに少ない額しか集まらず……」

「え、いやいや、お金とかは要らないけど?」

「えっ?」


 ますます訳が分からない、とスペラは目を丸くする。普通は何かしらを求めるはずだ。じゃなければあまりにも王国側にメリットが無さすぎだった。だから、もしかするとこちらが金銀を大量に保有していると考えてのグスタフからの提案かと思ったのだが……どうにも違うらしかった。

 

 ……だが、必ず何かしらがあるはずだとスペラは考える。


「もしや、私たちに軍事的な利用価値を見出していらっしゃるとかでしょうか?」

「いや、違うよ?」

「まさか、エルフの耳を削いで乾かしてせんじて飲むと長命になれるとかいうウワサが広まっていたり?」

「こわっ! なにそれ、そんなウワサは無いよっ?」

「それでは性処理はっ? さすがに【夜のピストン運動】は求めてきますよねっ?」

「な、何言ってんのっ⁉ も、もも求めてたまるかっ‼」


 ……ありえない。いったい何がどうなっているのだろう、実に非論理的な展開だ……とスペラは頭を押さえた。


「ねぇグスタフ、【夜のピストン運動】ってなによ?」

「お前にはまだ早いっ!」


 正面で勢いよくニーニャの耳を塞いだグスタフは、なんだかしどろもどろとして、顔を赤くしながら困ったようにスペラの方を見る。


「ちょ、ちょっとスペラさん? 急に何を言い出してるのさっ?」

「いえ、自然な疑問ですが」

「超不自然極まりないんだけどっ? 普通は避難の話から、よ、夜の……とかの話にはどう考えても飛ばないでしょっ!」

「【夜のピストン大運動会】のことですか?」

「みなまで言わんでいいっ! っていうかなんかさっきと変わってるし!」


 グスタフは叫ぶように言うと、はぁ、と大きなため息を吐いた。


「いったいどうしたんだよ、そんな急にさ」

「いえ、ですが……私たちの避難を受け入れていただくにあたって、何も見返りを求められないことに違和感がありまして」

「ああ、そういうことか……」


 ぐったりと疲れたように、グスタフは頭を押さえる。


「見返りとかはさ、たぶん要らないよ?」

「……えっ?」


 ……どうして? と、再びあぜんとなるスペラに、グスタフはやれやれといった風に肩をすくめた。


「そんなことしなくてもさ、俺たちとエルフはWIN-WINの関係だから」

「うぃんうぃん……?」

「エルフはみんな魔術が得意で、それに薬品の扱いにも長けてるだろ?」

「えぇと、はい。ですが、どうしてそれを?」

「……それはまあ、その、いろいろとウワサで」


 グスタフは何やら誤魔化すような口調だったが、しかしそれを濁すように咳ばらいをひとつして、言葉を続けた。


「王国はさ、どうにも回復魔術を使える人員とポーションとかの薬品関連にあまり強くないみたいなんだよな。だからそこにその分野が得意なエルフが来てくれたら王国としても嬉しいことのはずなんだ。研究開発とかの発展に繋がるからさ。むしろ歓迎とか招致しょうちって形になる可能性だってあるぞ?」

「そ、そうでしょうか……」

「まあ、とにかく俺から陛下に頼み込んでみるさ。それに魔王軍に狙われているのはお互い様なわけだから、仲間が増えることに越したことはない。きっと了承してもらえるはずだよ」

「は、はぁ……」


 呆然といった風に口を開けていたスペラは、なんだか納得がいったようないかないような、戸惑いにも似た表情ではあったものの、とにかく頭を下げた。

 

「そ、それではその……ご厚意に甘えさせていただきます。ありがとうございます」

「いや、全然いいよ」

「で、では……里の金銀については、当初私がお約束した通り盗賊団から里を解放していただけたお礼として、グスタフさんへとお渡しするということで……」

「いや、それも別に要らないって」

「そっ、それもダメなんでしょうかっ⁉」

「ダメというか、そこまでしてもらう理由も無いというか……」

「そんな、そこまで遠慮されてしまうのは、さすがに違います! それでは私たち、今日この場で助けていただいたことになんの恩義も返せないではありませんか……!」

「え、えーっと、そうだなぁ……」


 グスタフは困ったように頬をかいた。


「遠慮ってわけじゃないんだけどな。だって俺たち、これから同じ国で生活する仲間になるんだろ? じゃあその仲間を守るのはさ、俺が衛兵って仕事に就いてる限りは自然なことじゃないか?」

「自然……?」

「ああ。逆にさ、俺はこれからエルフのみんながすごい薬を王国に流通させてくれたらその恩恵に預かる気満々だよ。でも、じゃあ薬を飲むたびにエルフのみんなに対してお礼を言いにいくのかっていったら……それは違う。そう思わないか?」

「そ、それは……まあ」


 頷くスペラへと、グスタフは続ける。


「だったら、俺の仕事も同じだよ。それに……お礼なら充分なくらい、さっきからずっと言われてるしな」


 そう言ってグスタフが手を振ると、その先でそれに気が付いたエルフの子供たちが大きく手を振り返してきていた。


「さっきから横を通りすがるたびに子供からも大人からも『ありがとう』ってさ」

「グスタフさんは、それで満足なのですか……?」

「ああ、嬉しいよ。それに満足とか不満足とかそういう話でもないだろ? 槍を振るえるヤツは槍を持って、薬を作れるヤツは薬を作って、そうやってお互いがお互いの活躍できる場所で働いてさ、それが自然とお互いのためになってるってのが【仲間】なんじゃないのかな?」

「それが、仲間……」

「いやまあ、偉そうに言っちゃったけど、あくまで俺はそう思ってるって話な」


 グスタフは照れたように鼻頭をかいた。


「だからさ、いちいち礼や恩義だなんて大げさなのはやめよう。仲間になるんだ、これからいくらだって……俺はお前たちのことを守るから」


 グスタフのその言葉に、スペラは目をまん丸にして、息を呑み、そしてただただ静かにグスタフに見入った。……その頬を、薄くもはっきりとした朱色へと染めて。


「……スペラさん? どうかした?」

「……いえ。ただ、なんというか、グスタフさんはそのような考え方をされるのですね」

「そんな特別なことだったかな?」

「ええ。少なくとも、私にとっては……敬愛に足るほどに」

「えっ?」


 スペラはおもむろにグスタフの手を両手で取った。


「グスタフさん、エルフの民を受け入れていただいたあかつきには、どうか私をあなたの部下にしてはいただけませんか?」

「へっ? 俺の……?」

「私は里1番の魔術師です。私の適所はあなたと同じく民を守る職。きっとお役に立ってみせますので、どうか」

「えっと、そうだな、それに関しては姫に聞かないと……」

「【パフパフ】も可ですので、どうか!」

「それをアピールポイントには含めないでっ⁉」

「即日応対も可ですよっ! いまからどうですかっ?」

「いらんっ!」


 しかしそれから、タプタプとした胸を両手で持ち上げつつ、何としてでも了承しろと言わんばかりの真剣な表情で迫り続けるスペラに、グスタフはとうとう折れるしかなかったのだった(【パフパフ】は断った)。




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