第177話 追憶「リハビリ」

 取り敢えず、魔法学校のことは後回しにしよう。

 今はリハビリだ。


 外見は、5歳児の体格だ、小さく低くなった、ただでさえ低身長だったのに。

 顔は昔の5歳児の頃の顔だと思う。

 髪が長い、これだけでかなり印象は異なる。

 腰まで伸びていた髪は、今は背中で切りそろえている。

 元のショートにしようとしたら強硬に反対されたよ。

 まぁ、別人を演じる上では此の方が良いのは確かだけど。

 声も、外見相応に幼い声になっている。

 会話をしない限り、私が時空魔術師のマイと判る人は居ないだろう。

 実際、宿屋タナヤの店員になった人とは過去に何度か会っているが、言葉を発していないので、バレていない。

 顔を頷くか振るかで意思表示をしている。



 リハビリは、昼間はベッドの中で。

 水袋を持って腕を上げ下げしている。

 足先を持ち上げたり、色々やってる。

 兎に角、筋肉が足りない。

 今は、立つこともまともに出来ない。

 お手洗いは、車輪が付いた椅子をタナヤさんが用意してくれて、それで移動している。

 ソレが出来るまでは、本当に介護されていた。


 店員さんが帰った後の夜、宿の中で歩くための訓練をしている。

 立つのがこんなに難しいとは思わなかった。


 魔法学校の話が出たが、この状態ではそれ以前の問題だね。

 と、思いながら、足をプルプル震わせて懸命に立とうとしている。

 くそう、まるで生まれたての子鹿のようだ。

 フミが支えてくれているから何とか維持できているけど、そろそろ足がつりそうだよ。


 フミが抱きかかえるようにして、私をベッドに座らせてくれる。


「何時も済まないねぇ、フミさんや」


「それを言わない約束だよ、マイさんや」


「「ぷっ、クスクス」」


 ハリスさんが、教会から特別にと物語が書かれた本を持ってきてくれた。

 本自体は珍しくないけど、個人で持てるほど安い物ではない。

 その物語の中の一場面を再現している。

 仲の良い老夫婦が、お互いに気遣う場面だったかな?

 フミも一緒に読み込んだので、内容はお互いによく知っている。



■■■■



 リハビリは順調だった。

 自力でなんかと立てるようになり、そして維持できるようになっていく。


 最初は、小さい体の大きさを把握できず、コップを取ろうとして空振りしたり、自分の体の大きさに慣れるのが大変だったな。


 目標は寒い日が終わり、魔法学校の新規入学生を受け入れる時期までに、最低限見た目通りの体力を回復させることだ。

 そう結局、私は魔法学校に入学することを決めた。

 理由は幾つもある、けど大きい理由は、このままコウの町で生活していれば、いつか必ずバレる。

 そうなった時は、恐らく大変な事態になる。

 そして、魔導師への道がある、これを諦めるのはとても出来ない。


 リハビリは続き、壁伝いに歩くことが出来るようになってきた。

 ただ、それはフミとの別れが近づいてく事にも成る。

 フミが親身に私のリハビリを手伝ってくれる。


 そのフミの表情が時々曇るのが、心に刺さる。



 ギムさんの手配の方は完璧だった。

 コウの町から東側の村が管理していた中に村の幾つかが村を放棄をせず、魔物に蹂躙されていた。

 私は、ギムさんが領都からコウの町に戻る途中に、野営のために村に立ち寄り、そこで一人残された生き残りを発見したということになった。

 東の村の方は、東の町を襲った魔物がやってきた事もあり、コウの町が管理する村の中では北の村に続いて被害が大きかった事もある。

 その原因の一つが、東の町が魔物をコウの町の方へ誘導したらしい。

 証拠が無いため、明確に処罰はされなかったが、町に現れた魔物を討伐しきれずにコウの町に押し付けてしまった責任は取らされたそうだ。

 それでも、東の町はかなりの被害が出ている。



「うむ。 というわけでな、マイ君は正式にコウの町に保護された子供となった。

 それと、ハリス経由の伝で、魔力量の測定が出来る聖属性の魔術師が来ることになっているので、そこで魔力量の測定を受けてもらう」


「だけと、マイちゃんの今の魔力量は多分見た目に対して多すぎると思うから、うまく調整してね」


 ギムさんは、色々な書類手続きの中に、私の移住手続きを上手く紛れ込ませて、正式なコウの町の住民登録を済ませてしまった。

 それと、魔法学校に入学するための資格、魔力量が一定以上有ることを証明するための測定の手はずも済ませてくれた。

 シーテさんが懸念したのは、魔力量そのものを誤魔化すのが難しいからだね。


 魔力量の調整、これは案外難しい。

 魔力量の測定を行う場合は2つの方法を取る。

 1つめは、術者が子供に触れて魔力を流しその反応を感じて判断する。 隠すのが難しい方法。

 2つめは、既に魔法が使える子供が何らかの魔法を使ってみせる。 調整は簡単だし、術者はそれを見るだけで楽のなので此方の方を優先するはず。

 基本的な魔法を適度に出せば大丈夫だと思う……たぶん。

 私の魔法を使う制御能力次第なんだけども、これが別の問題が起きている。


 魔術の方のリハビリ、気味が悪いくらい順調に回復した。

 とにかく魔術を使う効率が良くなっている、魔力量自体はそんなに変わっていないけど、効率が良くなっているので、実質は倍相当かな。

 適性のある魔法が時空魔法なのもたぶん変わらない。

 夜にこっそり確認した、自分自身の収納も時空転移も遠隔視覚も全く問題なかった。

 また、通常魔法(6属性)もシーテさんほどでは無いけど、魔術師と名乗れる程度まで底上げが出来ている。

 ぶっちゃけると、魔法学校に行って学ぶ事のほとんどは習得済みだったりする。

 まぁ、忘れていることは多いと思うけど。 座学とか座学とか。


 今の私は、名もない滅んだ村の、唯一の生き残りで5歳児という設定だ。

 魔力量が一定以上あるので、魔法学校に行く必要はある、そして、魔導師へ挑戦する機会もあるかもしれない。



■■■■



 数ヶ月が過ぎた。

 収穫祭も行われた、ようやく、元通りの規模に戻ってきたそうだ。

 私は参加しなかった。 フミもお店の出店側として参加で、踊りには行かなかった。

 フミ目当ての男性も来ていたけど、フミは調理場から出ようとはしなかったよ。

 宿屋タナヤも屋台を店の前に出したけど、今回は店員として雇った方が居るので人は足りている。

 私は、室内で少しだけ手伝いをしたぐらい。


 寒さが深まった頃。

 ギムさん達と一緒に森に入ることが増えた。

 巡回が目的で、人気の無い種類の採取や狩りを引き受けている。

 その中で私は、体力作りと戦い方の復習を行っている。

 それと、人見知りという設定で、門ではフードを被ってシーテさんの後ろに隠れて挨拶する、ようにしている。

 冒険者にも守衞にも知り合いは多いからね。


 魔力量の測定の方も行われた。

 私は、水球を作ってみせることで問題なく魔法学校に推薦された。

 コウの町からは、私を含めて対象となる人は5人居たけど、全員知らない子供だった、この子たちの2人は元々測定済みで魔法学校に行くことが決まっていたそうだ。

 測定をした時に5歳未満だったから、年齢待ちだったというわけ。

 今回、新たに見つかった候補は3人、うち3人が私を含む5歳以上で新たに見つかった子供だ。



 寒い日々が続く。

 私は、可能な限りの時間を出来るだけフミと居るようにした。

 私の知っている、辺境師団の兵士から聞いた郷土料理を試したり、一緒に料理を作る。


 でも、2年間。

 その間にフミは成長していた。

 その差のせいかな少しだけ、ギクシャクしてしまうことがある。






 分かれの日が近づいてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る