第166話 追憶「宿屋タナヤ」

 結局、北に自然発生したダンジョンは何日経っても何の変化も起きなかった。

 中に合った物も回収したが、ほとんどが廃棄物だ、金属は再利用され、それ以外は捨てられた。

 それがどこから来たのかは、ダンジョンだから、で追究されることはなかった。



 ギム達、視察団のチームと冒険者達でコウの町と周囲の村々を周り、討伐し損ねた魔物を探して討伐する日々が続いている。


「では、北のダンジョンは安全と言うことでしょうか?」


 町長のコウは、ギムに確認を取る。


「うむ。 今は安全だ。

 だが、いつ魔物が生まれるかは判らない、封鎖することとするが、定期的に探索魔法で確認を取った方が良いだろう」


 2ヶ月の間、様子を見て、危険性は無いということで、私が土属性の魔術でダンジョンを塞いだ。

 厳重に固めたので、ゴブリンやコボルド程度では簡単に出てくることは不可能だ。


「判りました、探索魔法は無理ですが、ダンジョンの様子を定期的に確認する手筈は取ります。

 それに、あの場所は特別な場所になっていますし」


 コウは、少し申し訳ない感じで言う。

 そこは、マイの最後の場所だ。

 蒼いショートソードが見つかった岩は、町から離れているにも関わらず、献花に訪れる者が絶えない。

 ちょっとした観光地になりつつある。

 静かに暮らしたい、そういう希望を持っていたマイに対して、これは好ましい状態では無いだろう、だが町を救った英雄に対しての敬意は止めることが難しい。


「うむ。 状況は判っている。

 とはいえ、あそこは静かな場所にして置いてくれ」


「もちろんですとも」


 コウは深く頷いた。



■■■■



 宿屋タナヤ。

 その1人娘であるフミちゃんは、ようやく立ち直ろうとしていた。

 1ヶ月は部屋から出る事も無く、衰弱していた、タナヤさんやオリウさんの言葉にも耳を貸さず、ろくに食事を取らず、何もしない日々が続いた。

 私も冒険者ギルトのジェシカさんも励ましていたが、ある日突然部屋から出てきた。

 マイとの約束を思い出した、とのことだ。


『そうだ、私はお父さん料理を宿屋タナヤを受け継ぐんだ』


 フミちゃんは、まだマイは生きていると信じている。

 絶望的なのは判りきっている、でも、きっと帰ってくる、その時に美味しい料理と温かい部屋で迎えるんだ。

 マイは絶望的な中で望みを諦めずに居た、私が諦めたらマイに叱られる。

 マイの住んでいた1人部屋はそのままになってる。

 フミちゃんの様子を私は、強いな、と思いながら見て居た。


 フミちゃんは、それからタナヤさんから料理、オリウさんから宿屋の経営、そして、教会に行って初等教育と、経営に必要な知識の勉強に励んだ。

 フミちゃんに求婚し、宿屋タナヤの入り婿に成ろうとする者も現れたが、フミちゃんは一切受け入れなかった。

 成人前の年齢的にも相手を見つける時期だけど、全くそのそぶりを見せない。


 宿屋タナヤ、コウの町の英雄たるマイが住んでいた宿。

 コウの町だけでなく、近隣の町や都市からもわざわざ泊まりに来る客が増えた。

 それでも宿屋タナヤは規模を拡張すること無く、いつも通りの経営を続けた。

 今まで時々手伝いに来ていた女性が正式に店員として増えたことだけが違いだ。


 多い宿泊客の対応に忙殺されることでフミちゃんは、ただ自分を鍛える事だけに集中していた。



「領都に戻られるんですか?」


 オリウがギムから聞いた事を確認する。

 ここは、宿屋タナヤの居間の中だ、タナヤさんとオリウさんが休んでいる。

 そして、フミちゃんは買い出しに出かけている。

 視察団のチームも、他は移動するために必要な物資を購入するためにフミと一緒に出かけている。

 私も事前に話を聞いて、フミちゃんの護衛を兼ねて出かけている。



「うむ。 装備を修理するには領都に行く必要もあるし、今回のコウの町での魔物の討伐についても直接に報告しなくてはいけない。

 その後、ここに戻ってくるかは判らない。

 長い間であったが、世話になった。

 そして、改めて謝罪させてくれ。

 我々は、マイ君を助けることが出来なかった。

 本当に済まない」


 ギムは、タナヤさんとオリウさんに土下座した。


「どうか立って下さい、それを言うなら我々こそ何も出来なかった。

 ただ、ここで震えていることしか出来なかったんです」


 タナヤがギムの肩に手をかけて、立たせる。

 そして、ギョッとする。

 ギムの目から涙が流れていた。


「ギムさん……」


 オリウさんはも視察団のチームがマイちゃんを仲間と同じように扱っていたことを知っている。

 ギムもまた、マイちゃんに対して娘のような感情を持っていたのだろう。

 だからこそ、生きていくための術を視察団全体で教えたのだ。


「うむ。 今のは忘れてくれ」


 涙を拭い、何時もの無愛想な表情に戻る。


「ええ、忘れませんよ」


 ギムにタナヤとオリウが肩を抱き、慰めた。


 この事を後の野営の時に聞いた時は、皆何も言えなかった。



■■■■



 それから3日後、視察団のチームは領都に向かって出発していった。


「寂しくなっちゃったね」


「宿屋をやっていると、そういうことが多くあるよ」


 フミが見送りながらこぼす。

 オリウが、フミの頭を撫でなでる、そして、ポンとかるく叩くと明るい声を出す。


「さ、次の客が来るよ、ボサボサしていないで準備するよ」


「うん。

 確か北の村の村長さんたちだね」


「ああ、もうすぐ収穫祭だ」


 今年は収穫物は少ないはずだ、今年は税も免除されている。

 それでも来るのは日常を取り戻そうとする意思だろうか。


 フミは思う。

 マイと会ってから1年も経っていなかったのか。

 それでも、この1年は特別な年だった。




「さて、仕込みをしないとね」

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