今やるべきこと
部屋に入った途端、マリアは制服を脱ぎ何も言わず洗濯機に放り込んだ。
「……それ、お前のじゃないだろ」
「だからよ。変装用に何処からか、班長が持ってきたの。……『そのまま歩いてるより、制服着てた方がバレにくい』って言ってた」
余程、ブカブカの制服が嫌だったのか、吐き捨てる様な言い方だった。
多めに見ろよと言おうとしたが、サウナスーツ着た後みたいな汗の量に、言の葉を喉の奥に引っ込める。
「シャワー浴びていい?」
「おう。……待て、着替え無いぞ」
彼女が俺の部屋に泊まりに来る時は、いつも着替えを持参しているのでストックは無い。
「浩史のTシャツ借りる」
「下着は?」
「今更ノーパン、ノーブラでドギマギするような歳でも、間柄でもないでしょ」
絶句して彼女の方を向くが、とっくにシャワーに入っていた。
「……いや、まぁ、そうなんだけどさ」
額に手を当て、苦笑する。
ふとテーブルを見ると、先程放置したドクターペッパーの缶があった。中身は少し残っていた。
ぬるくなったそれは冷えたものより確実に味が劣るのに、さっき飲んだ時より確実に味を感じる。
「泣けてくるね」
本当に涙が出そうになった。
ソファーの上で胡坐をかき、俺のTシャツに短パンを身に付け、水を一気するマリア。
余程汗をかいたようだ。
「……で、撃ったのか?」
彼女が一息ついたタイミングで話を切り出す。
「誰を?」
「新義安に雇われた殺し屋と、新義安の構成員」
「撃った。構成員は肩に当てたけど、殺し屋は多分外した」
「……じゃあ、姿は見た訳だな。どんな奴だった?」
「殺し屋は多分、中国人。歳は浩史と同じくらい。マフィアの方は、四十くらい。……けど」
彼女は言い淀んだ。それから目線を下に落とし、渋面を作る。
「なんだ」
「マフィアは死んだわ。……殺し屋に撃たれてね」
「あ?」
殺し屋は新義安に雇われてる立場のはずだ。それは裏切り行為に他ならない。
しかし、逃走時の事を考えれば足手まといだ。だからこそ、彼女は撃ち殺したのだろう。雇い雇われの契約より効率を取る人物なのだ。
これでは殺し屋というより、特殊部隊の兵士だ。
相手のプロ意識を問いたくなるが、そこを超越したところに彼女の意識があるのだろう。
「挙句、屋上から遺体を捨てられたわ。……逆さまに落ちたせいで、頭部は完全に破壊されてるし、身元特定は骨が折れそうね」
「指紋とか、DNAは? それは破壊されてないだろ」
高校生の頃、飛行機事故に巻き込まれた遺体の身元特定をした警察官のルポを読んだ事がある。
尾根に衝突した衝撃や、それによって発生した火災により、遺体のほとんどが欠損もしくは炭化していて目視での確認は難しく。
事故当時の技術ではDNAによる個人特定の精度は低かったし、真夏だったこともあり遺体の腐敗が早く指紋も取れないこともあった。
だがどうだ、今は真夏だが遺体の収容はすぐできたろうし、技術も発達している。
あのルポみたいな事は無いはずだが。
「相手はマフィアよ。幹部クラスならいざ知らず、下っ端クラスは流石のISSでも特定は出来ないでしょ」
マリア曰く。
どこにも属していないチンピラも、自身の保身や恐喝の為にマフィアの名を語ったりする。
とっ捕まえて、洗いざらい吐かせれば真相は分かるにしても、見ただけの場合ただのチンピラかを判断するのは難しい。
構成員である証があるなら、話は違う。
例を挙げるなら、揃いの入れ墨や指輪などの装飾品。
日本のヤクザなら、組の名前入りバッジやら親子杯といったところだ。
だが、それがない組織もある。
それに、鉄砲玉として使ったり、トカゲの尻尾切りやらで、損耗率が高いのが下っ端だ。
入れ代わりも激しく、末端構成員なんか特定不可能に近い。
「逆に言えば、そこそこ位が高ければ、割と簡単に特定が出来る」
「天国か地獄か……。そこが分かれ目ってことか」
マリアは俺の言葉に肯定の意を示す。
「もっとも、それは私達が確かめる事じゃない。……今、私達がする事は別にある。今回はコッテリと班長に絞られたけど、許可は貰った。だから――」
「……戦いに備えると?」
「その通り。銃も後で届くから」
俺を指さし、不敵に笑う彼女。
「次は外さないから」
「勇ましいことで」
その言葉に微笑で返してから、閉められたカーテンの方を向く。
なんとなく、窓の外から覗かれているような気がしたのだ。
雑踏の外れ。警察の網から上手いこと逃れた殺し屋は、VSSを分解し始めた。
手早く作業しながら、先程の戦いを振り返る。
反省点としては周を連れて来てしまった事だろう。依頼した側とされた側という関係性を鑑みて、普段の仕事のやり方を曲げたのが失敗だった。
そのせいで、チャンスを逃してしまった。
向こうも狙撃手だ。一度警戒心を強められたら、隙が少なくなる。
殺し屋はマリアを狙う事を諦め、一旦仕切り直す事にした。
自分達らしく、泥臭く卑怯に動こう。使えそうな物はなんでも使ってみるものだ。
そう心の中で唱え、標的を東洋人の男に変えた。
獲物を追い詰める蛇のように、赤い舌をチロリと出しながら。
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