ちゃんとお別れしたかったのに

 寮のエントランスに入ると、アイリスではなくリリーが出迎えてくれた。


「お待ちしておりました。ソフィア様」

「えっ、アイリスは!?」

「……聞いてませんか? 侍女を辞めると」

「それは聞いてるけど、なんでリリーがいるの!?」


 リリーは首を傾げた。


「アイリスさんはもうとっくに実家にお帰りになられましたから」

「なにそれ……」

「そういえば、手紙を預かってあります。ここではなんですから部屋に行きましょう」


 私はゆっくりと頷くと部屋に向かって歩き出す。


 アイリスが辞めるのは今日のはず。ちゃんと朝に約束した。


 ちゃんとお別れしたいから、夜まで待っててって言ったのに。そしたらアイリスは嬉しそうに笑っていた。


 アイリスが私に嘘をつくなんて思えない。


 でも、リリーが寮にいるってことはそういうことなのかな。


 部屋につくなり、私はソファーに腰を下ろした。


 リリーはアイリスから預かっていた手紙を私に渡す。


 その手紙には『黙って行ってしまって申し訳ありません。ですが、これだけは忘れないでください。私はソフィア様の味方だということを』ただそれだけ書かれてあった。


「ねぇ、リリー。アイリスは、何か言ってた?」

「……ソフィア様に謝ってほしいと」

「そっか」


 ……謝らないといけないのは私の方だよ。ずっと私の世話係をしてくれて、弱音を吐くことはしないで……アイリスが専属侍女に任命された当時なんて、めんどくさかったはずだわ。


 それなのに、良くしてくれて……その時のお礼だってちゃんと言えてないのに。


 いつも一緒に居ると思ってた人が突然居なくなると寂しくなるな……。


 あれ……?


 手紙は一枚かと思っていたらもう一枚ある。


 そのもう一枚を見るが、どこにも文字は書かれていなかった。微かにみかんの良い匂いがするだけだった。


 それに、鍵もある。銅色の鍵。これは多分、アイリスがデメトリアス家の離れにある使用人寮の鍵かな。以前に見たことあるし。


「ねぇ、リリー。何も書いてないんだけど……アイリスが初歩的なミスをするとは思えないのよね」

「すみません、分からないです」


 リリーは申し訳なさそうにしていた。


 落ち込むリリーに「気にしないで」と優しく言う。


 リリーはデメトリアス家の侍女でもあるけど、私のドレスを良く作ってくれる。


 前はドレスじゃなく、ジャージを作ってくれた。そのジャージはあれから良く活用している。


 器用で裁縫が得意。私よりも女子力高めでちょっと羨ましいと思ってたり……。


 リリーが来るなんて予想外だったけどね。


 正直、他の侍女が来るかと思ってたもので……。


 アイリスのことだから、そうなると思って予めリリーを指名したかもしれないけど。


 リリー以外の侍女は私を着せ替え人形のように着せ替えを楽しんでたり、やり過ぎなまでに私を甘やかす。


 まぁ、甘やかされてるのか……見放されているのか、よくわかってないけど。


「お茶、入れますね」


 リリーは苦笑してお茶の準備をする。


 私は汚れるといけないから手紙をタンスの引き出しに閉まった。


「あっ、あの。アイリスさんから、これを……」

「ブローチ?」


 それは、フローライトのような宝石のブローチだった。光に当てれば虹色になってとても綺麗。


「アルクスという宝石です」


 私はリリーにブローチを受け取った。


 貴族では、同性が贈り物を送るのは『信頼の証』。


 実家に戻るということはもう私の侍女じゃない。一人の貴族だ。


 ……だったら、またどこかで会うかもしれない。

 その時は私もちゃんと贈り物をしないと。


 そう、心に決めた。

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