優しさの痛み

 

 占い師がよく使っているような水晶玉をテーブルに置いた|殿下のキースさん(護衛騎士)は深々とお辞儀をして部屋から出ていく。


 静まり返った部屋には私と殿下の二人。


「これは魔力を数字化するための魔導具だ。聞いたことはあるだろう?」

「はい、ノア先生に。でも.....実際に見るのははじめてです。」


 テーブルに置かれた水晶玉は魔力を数字化する。

 魔力の高さが正確に出されるので、学園に入学時には必ずこの魔導具は必須になる。

 その数字は自分の実力とみなし、数字が近い者達を一クラスにまとめる。その人達のレベルに合わせて指導していくのが学園の法律。


 そんな魔導具がこんなに早く見る日が来るなんて。


「それで魔法石をどうするのですか?」

「魔法石を水晶玉に近付けるんだ」

「近付ける.....」


 私は殿下に言われたとおりに、魔法石を水晶玉に近付けた。


 すると水晶玉が光り出して数字が水晶玉に映っている。


 ゼロから順に数字が大きくなっていく。


 そういえば、最高数値がわからないということに気付いた。


 あっという間にセンは超えたけど.....。


「これは.....」


 数値がなかなか止まらないので困っていると殿下が驚きの声を上げた。

 そんなに驚くこと? 低いの? 高いの? それとも普通なの?


 驚いてないでなんか言って欲しい。


「予想していた通り。いや、予想外かもしれない」

「あの、殿下.....?」


 この数値は低いのか、それとも高いのか聞こうとしたら水晶玉に映っている数字が消えた。


「やっぱり消えたか」

「どういうことですか?」

「この魔法石に込められてる魔力が高いってことだよ。その逆も考えられるけどね」


 それは.....計測不能ってこと?


「この魔法石って前からこんなに魔力高いの?」

「いえ。自分でも不思議なのですが、気が付いたらそうなっていて.....」

「最近変わったことは?」

「変わった.....。あっ! いえ、でも」


 変わったことがあり過ぎる。あり過ぎるからなにから話していいのか。


 殿下が苦渋の表情で私をじーっと見ている。

 多分、私の次の言葉を待っているんだろう。


「精霊が気性が荒い存在だと。その情報は知らないはずなのに、知っていたんです」

「精霊が気性が荒い.....。確かにそれはあまり知られてない情報だね。なら、オリヴァーが竜騎士だということも?」

「はい。竜騎士の話になってその時に」

「そうか。その他は?」

「.....分かりません」


『ありません』じゃなく『分かりません』とあえて言う。

 本当に分からないんだもん。他にあった様な気がするけど思い出せない。だから『ありません』と答えるのは違うと思った。

 記憶が曖昧なのに無いと断言なんて出来るはずがない。


「ソフィア嬢はこの魔法石を見てどう思う? どう感じる?」

「感じる.....ですか?」


 なんでいきなり曖昧なこと言うんだろう。


  感じる.....か。そうだなぁ。


「優しさの痛みを感じます」

「優しさの......痛み?」


 優しさと痛みじゃない。優しさの痛みだ。


 優しさと聞くと自分に対する見返りを求めず、相手の為になることを進んで行うというイメージを持つだろう。

 でもこの魔法石には優しさと同時に痛みがある。


 私の中でのイメージは相手に優しくしたはいいけど、裏切られた。そんな感情。


 優しくして裏切られて、傷付いた痛みを隠してまた優しくする。


 だから、優しさの痛み。

 なんでそう思ったのか分からない。でも、そう感じてしまった。


「誰かに優しくすると、裏切られることもあります。でも優しい人って傷付けられてもまた優しくしてしまうんです。そんな風に感じるんです」

「.....キミにはそう感じるんだね」

「?」

「いや、なんでもないよ。ありがとう」


 部屋の外にいた護衛に水晶玉を片付けて貰っていると「俺はこれで失礼するよ」と、殿下が言うのでエントランスに向かう。


 殿下がずっと難しい顔をしていたが、なんて声をかけていいのかわからなかった。



 ーーーーーーーーーー



 エントランスに着くと、殿下と目が合った私は軽くお辞儀した。


 頭を上げた私は目を丸くした。すぐ近くに殿下の顔があったからだ。


 これはどういう状況!?


 美形な人に顔を近付けられたら胸が高鳴るところだが、トキメキよりも困惑が大きかった。


 そんな私の動揺を気付いているのか、いないのか。殿下は苦笑して私の耳元で唇が触れるか触れないかの距離で口を開いた。


「.....ソフィア嬢。キミは俺のこと嫌ってる? それとも怖い?」

「.....っ!?」


 耳元で囁かれているように問いかけられたので、私以外には聞かれていないだろう。


 殿下は私の耳元から顔を離す。


 私の返事を聞かないまま外に出ていく。


 なにか言わなきゃ。


 そう思っていても言葉が出てこない。これじゃあそう思っていると認めているようなもの。


「あの! アレン殿.....」


 後を追いかけて名前を呼ぼうとしたが、言いかけた途中で思わず口を噤む。


 .....とても悲しそうに笑ってる殿下がいたから。


 それがとても儚く感じて、美しいと思ってしまったから。


 私は演技が出来ないし、楽しくも面白くもないのに笑みは作れない。


 嫌いではないけど、怖いと思っているのは事実。


 だけどその怖いって.....なに?


 失態してしまったから? ゲームで殺されるから?


 最初は失態してしまったから殿下に恐怖してしまったけど、今は違う。確信はないけどそんな気がする。


 その感情は、自己中心的で相手に失礼なのはわかっていたけど、自制心がまだまだ子供な私には恐怖を隠すのは難しかった。


 なら今は?


 あの時と比べると怖いという感情が違うような気がする。


 自分のことなのにその感情が分からない。


 私はただ黙って殿下が乗っている馬車が見えなくなるまで見送ることしか出来なかった。



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