第21話 「大きな勘違い」


「えーっと、赤茶の髪に、茶色い瞳の森に良く出かけていた女性…?」


 シエラに聞いた容姿を男性ギルド職員が居る受付で伝え、知らないかと訪ねてみる。シエラとは全く違った色合いだから母娘だとバレる事は無さそうだ。


 カードを発行する時に他のギルド職員に聞いてくれるらしい。有難いなと思いつつ受付で待っていれば、少し経った頃カードを手にしたギルド職員が戻ってくる。


「はい、こちらがシエラさんのギルドカードです。」


「ありがとう!」


 シエラがお礼と共に受け取り嬉しそうにかかげている。それを微笑ましく周りと共に見守っていたがギルド職員の話でそれは中断された。


「あの、シエルさん。該当する方に心当たりがある職員がいまして、恐らく分かったかと思います」

「随分早かったですね…?」

「詳しくは奥でお話でよろしいでしょうか?」


 肩身が狭そうに掠れた声で答えられると、どういうわけなのか分からず思わず眉間にシワがよってしまう。早く見つかるのは助かる。無駄になる可能性が高いと思いはしたが、一応聞いただけなのに。


「シエラ、行きますから、いい加減掲げるのをやめてください」

「むっ」


 ちらりとヴァンに視線を向け、シエラを早々に捕獲してもらい、他に話し掛けられる前にとギルド職員の案内される部屋に入った。


 ──中はこじんまりとした机とソファー。大きさはないが質は良さそうだった。全体的に質素な印象を受けるのに椅子だけは立派なのは応接間として使っている部屋だからだろうか。


「アンタがシエル、ヴァン、シエラか?」


 奥側のソファーの中央にドスンと腕を組み足をだらんと伸ばした筋肉質の男が一人。日に焼けていて、戦士という印象を受ける。


 ヴァンが顔を顰めるがそれを宥める。今知りたいのはシエラの母親の事でこの男についてでは無い。


「そうですが、貴方は誰でしょうか」

「お前らが探してるだろう女を嫁に貰ったモンだよ、ここのギルドマスターをしている、ジェイコブだ」

「…待ってください、嫁と言いました?」


 唖然とジェイコブとシエラを見比べる。似ていない。ジェイコブの髪は濃い青色であり、瞳はオレンジ色だ。顔つきも全く違う。


 シエラに母親の容姿を聞いた時、全くシエラと被る色がなかった。シエラはバイオレットの瞳に青みがかった灰色の髪。もし、探している人物がこの男の奥方であるならこの男が父親だとはとても思えない。


「探している理由を聞こうじゃねぇか、なんでうちのを探してたんだ?」

「…本当に森に出入りしている人間で赤茶の髪に茶色い目の人はほかに居ないんですね」

「アンタ、ギルドに着くまでに赤茶の髪色なんて見たかよ。赤茶は俺の嫁位しか俺は知らねぇ」


 これは、厄介なことになった。


 よりにもよって権力を持っている存在の奥方で明らかその夫の血を継いでいない子を育てていた。想像つくのはやはり不貞をはたらき隠していた説だが。


「…だんまりか?」


 仕方ないと溜め息を吐き出し、表情を引き締める。以前の顔つきをイメージすればいい。ここは他国。私は他国に出たことはないから顔は知られていないはずだ。


「私たちはシエラを森で拾い、引き取りました」

「…」

「たった一人で居たシエラに聞くと、母と二人森で生活し、母は森の外に家があり、シエラには森の外に出ることを禁じていたと話してくれました」


 目を見開き私を凝視するジェイコブに目を細める。お前は知っているのか?この子がなぜ森にいたのか。何故、嫁にむかえた女が育てていたのか。


「シエラが、ハンナの、娘…?そんな筈ねぇ!」

「だが貴方はさっき赤茶の髪の女性は他にいないと。そして実際にその方は森へ足を運んでいたのでしょう」


 ジェイコブは、脱力し、項垂れるようにソファーにまた体を預ける。


「…ハンナはまだ二十だ、計算が合わねぇ。それに森に通うようになったのは五年前からだ。嫁に貰ったのも今年になってからなんだよ」


 呆然と青ざめた顔で吐き出された返答にシエラを思わず見てしまった。


 ハンナというシエラの母疑惑の女性は二十。それでは確かに計算が合わない。どう見てもシエラは十歳に届いたくらいの年齢だ。


 きょとんとシエラが首をかしげ自分を見てくる大人達をきょろきょろと見回す。


「シエラ、君は何歳かわかる?」

「なんさい、なに?」

「…質問を変えようか、君のお母さんが来る時はだいたい夜が何回来てから?」

「たぶん、三回」


 三日。大人の三日ならまだしも、こんな小さな子が三日も生き残る?今回でさえも奇跡だと思っていた。でも、違うのなら。


 不安そうなバイオレットの瞳に強ばる自分の顔が映り込んでいるのが見えて、自分に呆れた。


 誓いをこんなに早く破るつもりか。一人にしないと約束したのに。


「…それは凄く小さい時から?」

「ばらばら、でも、だいたい」

「そっか」


 ふぅと息をつき顔色の悪いジェイコブを見る。

 ジェイコブも視線に気付き、私を見つめると諦めたように立ち上がった。


「ハンナを連れてくる、お前らで少し話しておけ…人は来ねぇようにしとく」

「心遣い、ありがとう」


 礼を告げるとジェイコブは背中越しに片手を上にあげひらひらと軽く振って部屋の外へと出ていった。


「シエラ、改めて質問があるんだ。分かる範囲で答えてくれるかな?」

「私、答える、シエル、信じる」


 こくりと頷く彼女を私は複雑な気持ちで見守る。


 私達は大きな勘違いをしていた事に気付いた、ならばその勘違いは無くさないと弱みとなる。


 美しいバイオレットの瞳に向かって微笑んで、また口を開いた。



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