第19話 『朽ちた忠誠』
王太子殿下が側仕えと姿を消してから三日目の今日。王宮は無惨な状況だった。
「隊長、近衛騎士団からまだ見つからないのかと…」
「また喚いているのか、状況も知らぬ愚か者共め 」
恨めしく歯ぎしりしても現状は変わることは無い。最も王太子殿下の恩恵にあったのは近衛騎士共だった。アイツらの職務怠慢をカバーしていたのがあろう事か次の主であるはずの王太子殿下だった。
「…陛下がまた暴れている様です」
「くそ、また私達の給与よりも高いものが壊されるぞ、全くやってられん」
ボヤいても変わらないと分かっていても、口から出るのは不満ばかり。どいつもこいつも同じ事しか言わない。口に出すのは簡単だろう。王太子殿下を連れてこい。それだけだ。
だが、王太子殿下は迷子になった訳では無い。成人式を終えた立派な青年であり、下手な騎士よりも腕がたち、魔法の方も素晴らしいと聞いていた。
実際目にしたことがある。遠くから見たあの方は凛々しく立ち、指示を的確に出して、必要とあらば自ら足を運んだ。時には苦しんだ民に罵倒を浴びせられた事もあった。だが、近衛騎士すら付けられない王太子殿下に責任が本当にあったのか。
側仕えの…確か名前はダンだったか、あの青年が近衛騎士と揉めているのは何度も見かけた。手助けしたこともあったが、彼が無理矢理部屋に入った時の表情は偶に夢に見るほど恐ろしいものだった。
たかが騎士ですらない若造に、貴族の生まれじゃないからと近衛になれなかっただけで近衛に剣では勝る私が恐怖を抱いた。
あれは死も厭わない兵の目だった。
戦場では歴戦の騎士よりもああいった目をした兵の方が厄介だ。何せ自分が生き残ろうとなど考えてはいない。
「剣と魔法に秀でた知識の豊富な主と主の為ならなんでも行うだろう忠臣だぞ。そんな二人が揃えばろくに指示もなく手当り次第に探し回って見つかるはずもない」
せめて全ての情報を踏まえた上で盤上を理解し導く存在がいれば別だが。結局第二騎士部隊、隊長は現場にしか送られない。頭の足りん者達に情報を整理する側がどれだけ大変かを理解させる意味を私は見つけれん。
「どうしましょうか」
「適当に探したふりをしろ。どうせすぐに王太子殿下を捜せなど言えなくなるだろう。第二王子派が随分と城に増えている。皮肉な事に陛下に一番似ている第二王子のことだ、上手く周りを丸め込み王太子の座につくだろうよ」
平民の意見や貴族ではない騎士の意見を聞く事などしない王族達の例外が一番陛下に似ていない王太子殿下だった。確か色合いや顔つきが今は亡き前王妃に良く似ていた。
いや、それよりも不思議なのが陛下の動きだ。
第二王子を可愛がり、現王妃を溺愛する癖に何故王太子殿下を探せと言うのだろうか。これ幸いと第二王子を立太子させれば陛下の理想になるはずなのに。
「何をぼさっと突っ立っている!さっさとアイツを探し出せ!」
なにかの割れる音と共に陛下の怒号が離れたこの部屋にまで聞こえてくる。厄介な。見つかれば八つ当たりされるぞ。
「お前ら、適当に城から出て街中に隠れてろ。帰る家がある者は家族と共に他国へ逃げるのも考えておけ」
「それは…」
「若いもんにはまだわからんだろうが、今の城は沈む穴が空いた船と同じだ。同情なぞ捨てて逃げろ、下手したら八つ当たりで命すら奪われかねん」
深くため息を零すと近くにいた若い兵が青ざめた顔で頷く。おそらくこいつは亡命するだろう。
それが一番平和な手段だ。これでも城に勤めていた騎士だ。他国だって即戦力を受け入れるだろう。
「隊長は…?」
「私は少し気掛かりなことがある。それについて調べてからすぐにこの国は出るつもりだ。…質問なんだが、前王妃について詳しく知るものは居るか?」
試しに聞いてみるが手は上がることは無い。ただ、古株の騎士が少し考えた後に口を開いた。
「確か、ご存命の時一つの噂がありました」
「…噂?」
「えぇ、前王妃殿下は不思議な力を持っていると」
聞いたことない情報に思わず言った騎士を凝視してしまう。居心地悪そうに頬をかいて続けた。
「夜な夜な前王妃殿下の部屋からは色々な動物の鳴き声が聞こえ、また、時折前王妃殿下は未来を知っているかのような発言がみられたと」
「鳴き声の方はいいとして、未来を知っているかのような発言?未来予知が出来たとでも?」
「ただの噂ですよ、出処も分からない」
「…有り得るはずはない。前王妃殿下の死因は暗殺だった、未来を知る存在がそれを避けない訳が無い」
「それは、まぁ、そうですけどねぇ」
信憑性のない話だが、私の知らない情報だ。王太子殿下が優れているのはやはり前王妃殿下の血なのか。
だが、ますます分からないことも増えた。
陛下は何故前王妃殿下を大切になさらなかったのか。未来を知るかのような行動を取れるような知に長けた方なのだろう。ならその知識を使うなり、今までの王太子殿下にして来たように全ての職務を丸投げにしておけばよかったのだ。
それもせず、何故…。
「……薮蛇だったか?」
逃げていく部下たちを見送りながらポツリとこぼれた言葉は誰に届くことも無かった。ただ胸に生まれた疑問は簡単には消えてはくれなそうだった。
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