第17話 「にこやかな商談」


 森を抜けた先はひらけたとても美しい土地だった。魔物が見当たらない様子からしっかりと管理されているのがよく分かる。


 人が歩く為だろう花が咲いていない場所を辿っていけば森からは一番近いであろう街にすんなりと到着出来た。


「おや、随分とお綺麗な御三方。この街には初めてですか?」


 街に入るために必要な検問の列に揃って並ぶと前に並んでいた人が良さそうな商人の老人がニコニコと微笑んで話しかけて来る。


「ええ、初めてなんです。この街には偶然来たので。お恥ずかしながら私達、街の名前も知らないんですよ」

「街、初めて!人、たくさん、凄いね!」

「こら、馬鹿娘!」

「おぉ、綺麗な目の可愛い子は人が多いのも初めてかい、ならお節介なこのおじじが教えてあげようね」


 子供が好きなのか目尻を下げて顔をくしゃくしゃにして笑う商人にシエラが笑顔を返す。ヴァンは止めようとした様だがシエラが予備動作もなくいきなり話しかけたんだろう。


 カタコトのシエラを嫌うような人間じゃなかったことは救いだったが、知らない人には気軽に話してはいけないと教えなければな。


 申し訳なさそうなヴァンの肩を軽く叩いて励まし、何やら盛り上がっている二人の会話に無理矢理割り込む。


「私を話から置いてけぼりにするのは寂しいですね」

「シエル!」

「すみませんねぇ、えっとシエル様とお呼びしても…?」

「見ての通り高貴な身の上では無く、顔立ちが貴族の様だからと面白がった人に話し方など教えてもらっただけの平民ですので、様付けなどやめて下さい」

「では、シエル殿と…名前からしてこの子はシエル殿のご家族ですかね?」


 そうか、名前が似ているから家族と見られるのか。でも顔立ちは全く異なっている。これで妹ですなんて言ったら逆に怪しまれそうだな。


「いえ、実はこの子を引き取ったのです。どうやら親を巨大な猪に殺された様でね、偶然居合わせた私と後ろのヴァンとで狩った為懐かれまして…」

「それは…難儀なことで、ではこの子が手にしている肉が?」

「えぇ、ヴァン…猪の毛皮を見せてあげて」

「はい」


 ヴァンが猪の毛皮を見せるため背中を向け、その時にシエラを回収して商人から離した。まだ信頼出来る存在と限らないこの商人に本当の事を話して目をつけられたらかなわない。


「これ程大きな猪など見たことがありません!この体でどつかれたら…恐ろしい…その子だけでも助かったのは奇跡ですね」


 怯えたようにしつつも目はしっかりと猪の毛皮を見定めているようだ。少し考え込んだフリをして商人は物々しく頷いた。


「見れば沢山の荷物をお持ちのようですし、よろしければそちらの毛皮買い取りましょうか? 」

「…ふむ、私達はこの毛皮だけじゃなく猪の肉も売りたいのです。血抜きはしっかりと行いましたが、やはり生肉は足が早く、急いでこの街に来たので」

「それはそれは」


 へらへらと笑っているが心の中では舌打ちでもしてそうな目をしている。肉は要らないが毛皮は欲しいということだろう。牙もあると告げればもっと食いつきそうだけど、反応次第だな。


「では、肉も共に買い取りましょう」

「…いくらで、でしょうか?」

「銀貨三枚と銅貨五枚で──」

「他に売るので結構です」


 キッパリ言い放つと面食らったように唖然とした表情を向けられる。


「これだけの大きさの毛皮。それも形を保った物ですよ。肉は価格が安くなるでしょうが、これだけの品を検問前に手に入れようという考えるまでは良かったですが欲をかきすぎですね…言ったでしょう、私の容姿を面白がった方に話し方など教えてもらったと」


 にこやかに告げると顔色を悪くした商人がもごもごと何か呟いたあとため息を吐き出した。


「では、金貨一枚と銀貨二枚で…」

 脅かしすぎたか。おそらく相場は金貨一枚程だろう。このままの流れはあまりよろしくないので、私の背負い袋から牙を取りだし見せれば引きつった笑みを向けられた。

 もっと喜んでくれてもいいのにな。立派な牙だから加工したら良い値段がつくと思うよ。


「…商人が向いてるのでは?」

「生憎、旅することが夢でして」

「……その牙二本をつけてくれるのであれば金貨一枚に銀貨五枚で買い取りましょう」


 半ばやけくそに言われたが私は満足だ。

 貰いすぎて恩着せがましい発言や行動されるより公平なものが好ましい。最後に読んだ書類と物価が変わってないのなら相場ぴったりの金額だろう。


 微笑みを崩さずに猪の肉や毛皮、牙を引き渡す。すぐに金貨一枚と銀貨五枚が手渡されシエラとヴァンに向き合うとシエラが少し眉を垂らし、ヴァンがなんと言っていいのか分からないと言った顔で私を見ていた。


「どうしたの?」

「…いえ、流石だなぁと」

「おじじ、少し、可哀想」


 しょぼくれてしまった二人の頭を軽く撫でてから先に門を通る先程の商人に手を振る。恐縮したように腰をおりぺこぺこと頭を下げていた。


「私、そんなに怖かった?」

「ええ」

「シエル、笑ってる、でも、笑ってない」


 でも資金は手に入ったよ、ちゃんと正当に…と言えばヴァンに目立たないって目標は果たせてませんよと返された。


 ちらりと周りを伺うと何人かと目が合ってしまった。往来の場所で金貨のやり取りはまずかったか。

 城では金貨は珍しくなかったから自覚ないままに感性がまだ貴族のままだったんだなぁと少し後悔。


「まぁ、ちょっかい出されたらまた考えようか」


 ヴァンに呆れた顔をされたが気にはしないようにした。目的の一つは果たしたんだから上々だろう。





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