第16話 「一番乗りの景色」
子供の頃を思い出す様なじゃれ合いをしながら森を進み、森の外が近付いてくると、安全を確認できた上でシエラを呼ぶ。ヴァンは顔を顰めているが、それを止めようとしなかった。
「シエラ」
「なに?」
「ほら、一番乗り」
呼びつけたシエラの背をぽんっと押してやるとシエラの足が森の外へ一歩踏み出される。これで一番乗りはシエラだ。
びっくりした様子で踏み出した片足のみで地面を何度か踏み、確認すると恐る恐る私とヴァンを見る。
ヴァンは少し顰めていた顔を緩め、私と共にシエラの手をそれぞれ取り、二歩目は共に踏み出した。
二歩目を踏み出した時は目をぎゅっと閉じていたシエラだったが、目を開くと真っ直ぐその先の景色を見つめる。
……ハライトは緑の国と言われる程、自然に溢れ、自然と共に生活する。おおらかな人柄が多く、また芸術性に長けた人が多いとも聞く。
彼らの誇りは美しさ。国が自然に溢れ、芸術を楽しめると言う生活の美しさ。だからこそ他の国の者も受け入れられやすく、居着きやすい。
自然が多いのは初代国王が精霊と契約した際に願ったのが生が栄えるというものだった。はるか昔は植物も育たない程の荒地だったこの場所に精霊が契約を元に祝福を与えた。
それが、この地を生き返らせ栄えさせたと言う。
だからこそハライトの民は自然を愛し、信仰し、大切にする。たとえ自分の土地でなくても、精霊が等しく祝福を与えた土地ならばと。
知識としては得ていた内容をシエラに語る。
シエラは唖然と前を見る。
「シエラ、君は精霊が祝福した土地に産まれた大切な子だ。君が生きる上で邪魔となる楔は既に無く、自分の両足でしっかりと立てている」
シエラが私の上着を掴む手を優しく解いていく。一歩目は私が背を押したが二歩目は私とヴァンに振り返りじっと見つめた。
私とヴァンと共に二歩目は踏み出した。
過去の母より会って数刻の私達を選んだ。しっかりと足を踏み出しそして前を見て、目にしたのは美しさを誇るハライトの大地。
森から一歩出るだけで沢山の花々が各所に咲いて揺れていた。誰が撒いたかは知らないが、数々の花は美しく咲き誇っていた。
「シエラはこの国で生まれた、それは変わらないし、君を育てたのは間違いなく母親だ」
「…」
「でも、この景色を見る機会を奪ったのも君の母親だ」
「シエル、母、怒る?」
「私は君の母親に怒っていないよ、会ったこともなくて事情も何も知らないから、でも君は怒っていい」
きょとんと花から目を離し私を見上げてくるシエラの頭を撫でてやる。目を細めるその仕草を母親は知っていたのだろうか。
「好き勝手して森に残した母親に憎しみを抱いても良いし、もし許したいのなら許していい」
「いいの?」
「いいんだ、だって君はもう母親の元を去った。君はちゃんと両足で森の外で立っていて、助けをねだれる様になっている」
誇って欲しい。
真っ直ぐな自分を。
信じ続けていた意志の強さを。
自然の中で暮らし、森から出ずに生き足掻いたこと。
「君は未知の場所でも足を踏み出せるほど勇敢で、別の家を持つ母の事を信じるほど愛情深く、他者を傷付けて生きようと考えることも無いほど誇り高い。だからそのまま歪まずにいて欲しい」
「これから僕らは君の母親がいるだろう場所に行く。シエラが望んだとおり生死だけは確認するのを手伝う。でも、確認した時に何が答えとなっても君は一人じゃない。シエルと僕がいる。それを忘れないでくださいね」
カタコトしか話せないシエラにどれだけ理解出来たかは分からない。だけど、また開けた目の前の華やかな光景に目を向けて。何度も何度も頷いた。
「私、忘れない」
そう吐き出した言葉にどれだけの気持ちが篭っていたかは分からないが、バイオレットの瞳はいっそう輝きを増し美しかった。
ヴァンもほっと息を吐く。
シエラは確かに母親の生死だけを知りたいと言っていたが、実際に生きていた場合。母親に捨てられた事実に直面してしまう。
信頼し、言いつけを守り続けていた相手の事を憎んでもいいかもわからず気持ちを抑えこめばシエラの美しい瞳が曇るかもしれない。
実際に信じていた存在に裏切られ狂う人は少なくはない。私もヴァンも見たことがある。
まだ出会ったばかりではあるものの、仲間にすることを決めた子だ。一人にしないと誓いもした。だからこそ明確な過去との決別をさせてあげたかった。
もし迷う様ならまた別の機会にその時を用意するだけだったが、やはりシエラは頭の良い子だ。
「私、一番乗り!」
「うん、シエラが一番乗りだね」
「じゃあ一番前、私!」
抜け目が無いなぁ。
苦笑いしていればすぐにヴァンが文句を言い返していた。
「一番乗りは譲ったが一番前は譲りません!」
「なんで!」
「そもそもシエラは戦えないでしょう!」
「私、逃げ足、はやい!」
「先頭が逃げてどうするんです!」
ヴァンと私の二人の時はひたすら私に心配していたヴァンの肩から少し力が抜けているように思う。
私達の過去を知らず、私達のことを詳しく知ろうともせず、なのに信頼してくれる人間がどれだけ居るだろうか。
森の中での偶然にしか過ぎなかった出会いを私は本当に喜ばしいと思っている。
私にとって今手にしている宝はこの二人だけ。
だからこそ、この二人には笑って欲しい。
────昔で微笑み元気いっぱいに名乗った彼女は元気にしているだろうか。
ふと、そんな事が頭によぎった。
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