第6話 「心地よい目覚め」
「シエル、朝です。起きてください」
「ん……あー…起きたよ」
「昨日体を拭かずに寝てしまいましたので先程お湯を貰ってきました、手伝いは?」
「要らないよ、ヴァンは?」
「僕は寝る前に拭きましたので、ゆっくり疲れを取るように、筋肉も強ばっているでしょうからよくほぐして───」
「わかった、わかったから…ヴァンはルドガーさんが来るのか確認してきてくれ」
捲し立てるように一気に話を進めようとするヴァンを遮ってそう言い放てば心配そうに私を見つめ返してくる。
昔から変わらず常にヴァンは心配性だ。
ありがたいことでもあるから特に気にしてはいないけど、私以外にも同じようなのだろうか。
起き上がり軽く頭を振る。ぼんやりとした思考が少しはっきりとした時、ヴァンがぽつりと呟いた。
「一人にして大丈夫ですか?」
「何の心配?王都からの追ってはまだ来ていないし、そもそも私達がもう辺境にいるとは思ってないだろうから大丈夫だよ」
「そうではなく…」
「……私は子供ではないんだ、君は君のやるべきことを私は私のやるべきことをすべきだろう。ほら、さっさといっておいで」
大層なこと言っているけど、案内役への確認と体を拭くだけなんだが。大袈裟だなぁ。
剣だって私は持っていて、魔法だって負ける気がしない。油断は良くないけれど、油断しなければ勝てるし、勝てなくてもヴァンが来るまでの時間稼ぎはできる。
心配し過ぎて無駄に体力使わせてしまうのもどうかと思うので強制的に部屋から出すとお湯の方を確認した。少し熱めなのは私が起きなかった時の為だろう。どうせすぐ冷めてしまうし気にならない。
服を脱ぎお湯の入っている大きい木の桶の中に膝を抱えて座る。量が少なめだったのは溢れないようにだったのだろう。
ただやはり湯船では無いので足首よりも少し上分ぐらいしかお湯がない。置いてあった布切れを手に取りお湯を含ませるとゆっくりとマッサージするように洗う。
髪は魔法の方でどうにかすればいいか。流石に汚いままは嫌だし惜しむ必要も無い。ヴァンにもしてやろう。
そんなことを考えながら進めていく。消えたはずの眠気が湯の温かさで再び戻ってくる。これじゃあまるで子供のようだ。軽く眉間を揉みどうにか眠気を誤魔化す。
あらかた終わると立ち上がり体を洗うのにも使った布切れを良く絞り体の水分を取っていく。タオルが民の中ではあまり重要視されていないのは知っている。
糸の元になる綿花が高いからだ。
態々自然に乾くものを高いお金を出し、買うくらいなら明日の食事を。申し訳ないことに打開策について話し合いの途中だったものだ。
話し合いに乗り気だった商人上がりの貴族には悪い事をしたな。挨拶もなく出てしまった。だが挨拶している暇もなかったのだから仕方なくもある。
あの場で逃げなければ私を排除したい連中がこぞって私に責任を押し付けることが分かっている。ただ責任を押し付けられるだけならまだいい、亡き者にと行動する可能性もあった。
何せ既に毒を食わされていたから。有り得なくはない。毒味係を入れれば必ず死ぬのでいつからか断るようにもなった。何をされたかも分からない冷めた食事は生きるために食べているのか、死ぬために食べているのか分からないもので活力などわきはしない。
未練が全くない訳でもない、私も優しくしてくれる人は居た。そういう者は大抵権力を持っていなかったが。
「悪い癖だな」
再び着ていたものを着用する。
考える暇あるとすぐ城のことやこの国の現状、問題点について考えてしまう。力を抜けばいいと言われてもそれが上手く出来なかったからこそ権力があるものからは好まれなかったのだろう。
だが今はもう私も平民。それも逃亡の身。政治や経済、生活について口にすれば目立ってしまう。
私も陛下方と同じなのだろう。結局保身に走ってしまったのだから。
「よっ……こぼしそうで怖いな」
水を捨てる場所があれば捨てるのだが、あいにく見当たらない。窓から捨てる訳にも行かないし、持って下りるか声をかけるしかない。中に入れたくは無いし、おそらくヴァンも自分で持ってきたはずだ。
少しよろつきながら階段に差し掛かると声をかけられた。
「大丈夫かよ?」
「……あぁ、邪魔しているかな申し訳ない、出来るだけ直ぐにどこう」
「いや、そうじゃなくてさぁ」
厳つい男が私を後ろから見下ろしてくる。私が階段の途中でよろついてるのが目に付いたのだろう。
「手を貸してやろうか?」
「大丈夫」
「でもあんたそんなヒョロっちい体で…」
「……ちゃんと筋肉もついてる」
ヒョロっちいというのはつまり細いと言うことだろう?私は別に細くはない。程よく筋肉だってついている。確かに後ろの男は筋骨隆々といった体格だが、剣を扱うヴァンだってこの男に比べたら細いだろう。
「拗ねてんのかよ」
「拗ねてなどいない、それに貴方とは初対面のはずだ」
「そうだけどよぉ」
困ったように眉を下げると厳つい顔も少し情けなく見える。
だけどそんなことよりも今は降りる方が最優先だ。さっさと返してしまおう。そして部屋に戻らねば。
やっと階段をおりきると周りにいつの間にか人だかりができていた。私がほっと息をつくのと同じタイミングで力を抜いているところを見ると私の事を心配して見てくれていたらしい。
「心配をかけたね、私は大丈夫だ」
本当にこの街の人は気が良いな。この国の民であってくれたことが喜ばしい。
微笑んで言うと周りが静まり返る。なんだか最近こういうことが多い気がするなと宿屋の息子に持ってきた桶を返した。
「取りに行きましたのに」
「私の手が空いていたからね、態々呼びつけなくてもいいかと思ったんだ。迷惑だったかな」
「迷惑なんてまさか!お気遣いありがとうございます」
にこにこと笑う宿屋の息子は気が良さそうだ。繁盛している様だし、将来有望だな。旅が終わり住み着く場所が決まったら宿屋を出してみるのも楽しいかもしれないなと何となく考える。
「シエル…?」
ヴァンの声が聞こえ振り返る。もうルドガーに声をかけてきたのか。確かに隣にルドガーの姿があり、困ったような顔をしている。
「おかえり、ヴァン」
「……何をしているんです」
「見ての通り桶を返しに来たんだ」
「そんなの僕が帰ってきた時に返しますよ!重かったでしょう!?」
「重いというよりもバランスが取りずらかったな。だけど特に問題はなかったのだし…」
「……この人だかりは」
「さぁ、身知った人でもないからね」
これは怒っているのだろうな。
話をそらそうとしていれば余計な横槍が入った。
「ここらのはそこのヒョロっちい兄ちゃんがちゃんと降りれるか心配した奴等だぞ、落ちてきても大丈夫なように待機してくれててな」
さっきの厳つい顔の男だった。黙ってくれと少し目を向けるが肩をすくませかわされる。少し驚いて目を見張っていれば視界の端のヴァンがいつの間にか私の手を取っていた。
「詳しく伺いましょう」
「いや…本当になんでもないんだ」
「いいえ」
「何事もなく降りれたしこぼしもしなかった、無理だったら大人しくしてたが出来ると判断して…」
「いいえ」
「ヴァン…」
「すみません少し荷物を整理してきますのでルドガーさんはこちらでお待ちください」
話を聞いてくれ無いヴァンがルドガーにそう伝えている。城を出たからか様付けで呼ぶことも殿下と呼ぶことも無くなったからか子供の頃のように近い距離感のヴァンは私が悪さをした時に怒った乳母に良く似ていた。
「え、ここで待つんで…?」
「ええ」
「うへぇ」
嫌そうにルドガーが言うのにそれを無視してずかずかと手を引いていくヴァンにどう言い訳すればいいのかと必死に頭を回しつつ足を動かす。
長引きませんようにという祈りは神に届くだろうか。
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