第31話
その上で、龍崎は親身になって守ろうとしてくれている。今はこれほど頼もしいことはない。
「龍崎さんのお陰で、あの黒い車からもなんとか逃れることができました。私一人だともっと早くに諦めていたかもしれません」
「そう、決して諦めてはいけない。諦めなければきっとうまくいくんだ。千晶さんは、そんな店を辞めて良かったよ。今の仕事のほうがずっといい。あそこは人をおかしくする」
「そこまでとは思いませんが……」
「僕の仲間もねぇ、それで身を崩したんだ。派手な女に釣られて、金を巻き上げられて捨てられた。あれだけ
「貢いだのに裏切られた……」
千晶はその言葉に息を
本当に恐ろしいのは、彼ら厄介者とは対極をなす客だったのかもしれない。紳士的で、気前が良くて、何年も通い続けてくれた相手ほど、裏切られた時の
まさか、あの人が……。
「同士と呼べる仲間だったのに、
ぽつんと、フロントガラスに
「……とうとう、雨が降ってきました」
「雨? 本当だ、雨が降ってきたんだね」
龍崎は見つめていたマスコットから顔を上げて辺りを見回す。
「そうか、雨が降ってきたのか。僕は雨が好きだよ」
「そうなんですか。私は晴れのほうが好きですけど」
「雨は落ち着く。雨はみんな消してくれる。景色も、音も、嫌なことも忘れさせてくれる。雨が上がるとみんな
「雨上がりは気持ちいいですからね」
高齢者の中には雨天になると体調を崩す者も多いが、龍崎は逆に気分が良くなるらしい。若者でも厳しい夏の日射しが
「僕は雨が好きだ。雨は僕を味方してくれる……むっ、雷だ」
「え、光りましたか?」
「光ったよぉ。雨は好きだけど、雷は嫌いだよ。ああ、まだ光っている。いや、違う。これは鏡だ。千晶さん、光っているのは後ろだ」
「後ろ?」
龍崎は車のサイドミラーを見ながら話している。その時、ルームミラーが映し出す後方で確かに強い光を感じた。
「まさか……もう?」
「千晶さん。あれは、その、なんだ? どうなっているの? 僕は夢を見ているの? ああ、また頭の中で幽霊が悪さを始めた」
「……いいえ、幽霊のせいじゃありません。これは夢ではなく現実です」
千晶は震える声を押し殺して冷静さを取り戻そうとする。諦めなければうまくいくと語った決意が、降り出した雨とともに流れ落ちていく。龍崎は未だ理解できない表情でつぶやいた。
「じゃあ……どうしてあの黒い車が、また後ろからくるの?」
ヘッドライトで激しくパッシングを繰り返す車が、猛スピードで追いかけてきた。
十九
【4月16日 午後6時25分 心斎橋『
『プロテア』の客に、
黒々とした直毛の髪に四角い
花島はやり手の起業家らしく、他にも実店舗のセレクトショップや飲食店のオーナーも
『プロテア』で働き始めてから4年目の春。千晶は花島からの同伴出勤を受けて、店近くのビルに入る創作和食の店で会食していた。
「実はお店を
花島の
「花島さんには長くお付き合いいただいていますので、直接お話ししたいと思っていました」
「
花島は驚きつつも穏やかな口調で返す。店でも一番の
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