第10話『トカゲ侍と陰陽師エルフ』その十
翌朝、ピアはリンタロウと一緒に朝食を食べている。
村人から提供されたそれは、山間の寒村に似つかわしい素朴なメニューだった。雑穀飯、菜っ葉のピクルス、同じ菜っ葉のスープ。
「起こしてくれたったらええのに」
彼女は昨晩の宴に参加しそこねていた。
「そういうわけにもいくまい」
やや戸惑ったようにリンタロウが言う。彼はすでにほぼ食事を終えていた。
「宴といっても、盛り上がったわけでもないぞ」
リンタロウは昨晩の様子を思い出した。焼けずに残った中で、一番大きい家に皆が集まって飲み食いした。
妖魔の脅威がなくなってめでたい、とはいえ、前夜の襲撃の傷痕はまだ癒えていない。火事の損害や、死者のことを考えると、明るい気分になれというほうが無理だっただろう。歌や踊りがあったが、どちらかといえば感傷的なムードであった。
リンタロウはといえば、最初にトカゲの顔が村人に見られたときは恐怖されたものの、ヘイスケの説得もあり、妖魔と戦った恩人であることには変わりないので、なんとか受け入れられた。直接手を握って礼を言ったり、酔って肩を抱きにくるような村人は誰もいなかったが。
上座に祭り上げられ、感謝はされているが遠ざけられている状態で、リンタロウはただ出された食べ物を飲み込むだけの時間だった。しかも、妖魔の火で服が焼け焦げてしまい、繕うために脱がされて、裸の状態で、毛布に包まっていたのだから、まるで格好がつかない。
「それが明け方近くまで続いたのだから……」
ろくに寝れていない。ピアは宴に参加したがっているが、リンタロウとしては逆にピアのように眠りたかった。
コガ・ソウヤのことを聞いてみたが、案の定誰も知らなかった。脱藩して逃げている浪人がこんな山奥の寒村に足を運ぶとも思えないので、当然ではあった。
今リンタロウが着ているのは、繕いが終わったツギハギの着物だ。
「起きとったらウチが盛り上げたっちゅうねん。そんで朝まで大宴会や」
芸能の種族でもあるエルフは、イベントごとが大好きなのだ。その代わり毎日コツコツ仕事をするのが苦手で、ドワーフとは正反対の性格をしている。
朝食が終わると、もう出発の時間だ。
「本当ならもっと、いてもらいたいんですが……」
とゴッタチ村の代表が申し訳なさそうに言う。
リンタロウは頷いて了承した。事情はわかる。襲撃の後始末、今後の暮らしについて、村人たちはいろいろ忙しいので、部外者に滞在されるのは迷惑だろう。
「せめてこれを。村中で集めました」
銭の入った袋を差し出した。
「そんなら遠慮なく……」
喜び勇んで手を出しかけたピアの腕を、掴んで止める。
「謝礼は結構。武士の本分は民草を安んずるにあり、と言う。わたしはそうしたまで」
もともと少人数の村に何人も人死にが出たのだから、生活は苦しくなるだろう。昨晩の宴や、今朝の食事だけでも負担になっているかもしれないのだ。自分たちのために使ってもらったほうがいい。
「お人よしやなあ……」
不服そうなピアだったが、おとなしく従った。
「ありがとうごぜえます!」
村人みんなが集まってリンタロウたちに頭を下げてくれた。
いよいよ出発の時間が迫っている。
ピアは何も言わない。果たして何を考えているのか、これからどうするつもりでいるのか、リンタロウにはわからない。
リンタロウも押し黙っている。
まだ昨日の疲れが残っているのか、ピアがよろけた。リンタロウが慌てて支えようとしたが、彼女は自力で踏ん張った。半端な姿勢になったリンタロウを見上げて微笑む。
「ありがとな、リンタロウ」
まるで何の陰りもないように見せたその笑顔を受けて、リンタロウは腹を決めた。大きな口から大きな息を吐き出す。
「了承した」
と言った。
「は?」
「ただし、仇討ちを優先する。ゴートまで同道できぬ場合もあろう。それでもよければだ」
「それって……」
リンタロウの言葉の意味を理解したピアが、ぱっと花咲いたような顔になった。
・
問題があるとすれば、ケガレクリスタルのことだ。
「浄化しないといけないとはいえ、伝手がなくてどうしたものか。ゴートまで持っていくのは避けたいのだろう」
「そやねん。他の陰陽師がどこにいるかもわからんし。偶然会えればええんやけど」
二人、考え込む。
それを聞いていたヘイスケがあっさりと言った。
「そんなら、勧善寺へ行ってみちゃどうですか」
リンタロウとピアの視線が彼に集まる。
「おれが行きそこねた代わりじゃあないですがね」
ピアは思案げにうなずく。
「そうやな、あの坊主どもは魔物退治の専門家やし、ケガレを散らすのもやっとるやろ」
彼女がそう言うなら、リンタロウにも異論はない。
「では、そうしよう」
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