第23話:終わったよ、結衣
出来れば思い過ごしであって欲しい。
そう願う時に限って、不安は的中してしまうものだ。
近くの喫茶店へ行くという話が、何故か今、渚たちは狭い路地裏に連れられてきた。
「お、上物じゃん」
「でしょう? 俺も見つけた時、ビビっときたッスよ」
「こいつは楽しめそうだ、ぎゃはは」
しかもここまで連れてきた痩せた金髪男以外にも、屈強そうなふたりの男が待ち構えていた。
ひとりが壁際に、もう一人が痩せた男と一緒に退路を塞むように立つ。
どう考えてもチャームを交換するような雰囲気ではない。
「さぁ、交換しましょう」
でも結衣は平然として男たちに声を掛けた。
一瞬、男たちが呆気に取られたような表情を浮かべる。
そして大笑いし始めた。
「おいおい、嬢ちゃん、まだ気付いてないのかよ?」
「気付いてないって何がです?」
「俺たちがオタクのライブなんかに行くように見えるゥ?」
「もしかして騙しました?」
男たちが再びどっと沸いた。
ようやく気付いたのかよ、とばかりに。
「まったく。こっちはあなたたちと違って暇じゃないんですよ。今から戻って誰も交換してくれなかったらどうしてくれるんです?」
それでも結衣は怯むことなく、渚に「戻りましょう」と声を掛けるとこの場を立ち去ろうとする。
「おいおい、ここまで来たんだ。ちょっと俺たちと遊ぼうぜ」
「嫌です」
「じゃあちょっと痛い目に遭ったら考えも変わるか?」
男の言葉に出来るものならやってみろとばかりに結衣が身構える。
が、その横で痩せぎすの金髪男が手を伸ばしたのは、渚の方だった。
どうやら目の前で渚を痛めつけてやれば、結衣も大人しくなるだろうと考えたようだ。
「なっ!?」
慌てて結衣が割って入ろうとする。
が、それも男たちの計算の内だったのだろう。
「はいはい、大人しくしてな」
慌てた隙を突かれて、結衣は背後から男に羽交い絞めにされた。
その目の前で金髪男の手が渚の胸元を掴む。
渚は俯いたまま、微動だにしない。
「ちょ、離しなさい! あなた達、卑怯ですよっ!」
必死に結衣は抗議で声を荒げるが、男たちは気にもかけない。
げへへと誰かの笑い声。
金髪男が掴んだ胸元をぐいっと引き寄せる。
渚が小さな声で「ごめんなさい」と謝った。
次の瞬間。
「ぐえええええええ!!!」
胃液を穿き散らし、地面で両手両足を苦しそうにじたばたさせたのは渚……ではなく、手を出した金髪男の方だった。
結衣は見た。
男に胸元を掴まれると同時に引き寄せられる力を利用してジャンプし、
「な!? なんだてめぇ!!」
思ってもいなかった展開に別の男が激昂して、背後から渚へ手を掛けようとした。
が。
「ぐはっ!!」
瞬く間に男の身体は宙を一回転した。
伸ばされた手を渚が後ろ向きのまま素早く掴み、その突進力を利用して一本背負いの要領で投げ飛ばしたのだ。
男は腰からコンクリートの地面へ強かに叩きつけられ、うめき声こそ上げられるが動くことは出来ない。
「うそ!? 渚先輩、めちゃくちゃ強いじゃないですか!」
「うん。爺ちゃんに鍛えられたからね。僕みたいに可愛い顔をした男の子はこういうのを身に付けてないと危ないからって。意味分かんないよね」
……いや、なんとなく意味が分かる結衣さんである。
「おい、てめぇ!!」
と、いきなり結衣の傍で怒声が弾けた。
結衣を羽交い絞めにしていた男だ。
「殺すぞ!」
その男が結衣を突き放して渚を睨みつけると、顔を真っ赤にして懐からコンバットナイフを取り出した。
「ちょっと!!」
慌てて結衣は叫ぶも、その声は男の耳には届かない。
仲間をやられた怒りで我を忘れ、男が渚にダッシュしてナイフを持つ右手を突き出した。
「なっ!? 消えたァァァ!?」
が、渚の姿が突然消えて、男から狼狽の声が漏れる。
もちろん、渚は消えてなんかいない。
実際はバックステップで躱した渚がすぐさま今度は逆に身体を低くして前方へダッシュし、男の足元へと潜り込んだだけだ。
でも、そのスピードがあまりに早いので男には渚が消えたように見え、そして。
「うおおっっ!?」
渚に足首を取られて、男が無様に前方へと転ぶ。
コンクリートの地面で顔面を強打し、ナイフがその手から弾き飛んだ。
「ぐわぁぁぁぁ!!!」
次に響き渡るは男の苦悶の声。
取った足関節を渚が破壊せず、かと言ってしばらくは立ち上がれないほどの絶妙な力加減で締め上げたのだった。
「……ふぅ、よかった」
まだ数名のくぐもった呻き声が聞こえる中、渚の声だけが妙にはっきりと結衣には聞こえた。
「終わったよ、結衣」
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