第22話:推しキャラですね
「はぁ、最高でしたねー」
庵寿の個展を見にいった翌日。
渚と結衣は旅行のもうひとつの目的であったアイドルライブを楽しんで、会場から出てきた。
「先輩はどうでした?」
「う、うん。全然知らなかったけど、僕も楽しかったよ」
女の子のアイドルグループと聞いていたので、渚はハロプロ系や坂道系かなと思っていた。
それがまさかアニメを元にしたアイドル声優グループだったとは。
結衣がアイドルのライブに行くというのも意外だったけれど、アニメを見ることにも驚いた。
いいところ育ちのお嬢様なんだから「アニメ? あんなのは子供が見るものですよ」なんて言いそうなのに。
ところが実際はアイドル声優のライブで誰よりも大きな声でコールを飛ばし、サイリウムをバルログ持ちで振り回していたりする。
人は見かけで分からないものだなぁなんて思う。
ライブも良かったが、そんな結衣の一面も見れて渚はとても楽しかった。
一方、結衣も心の底から楽しんだ。
まず今回はいい席が取れた。花道席の最前列だ。
もうそれだけで勝ったも同然。なのにそこに渚まで加わるとどうなるか。
「それにしても声優さんたち、やたらと僕たちの方を見ていなかった?」
そう、渚の特殊能力のおかげで、声優たちの視線が渚に吸い寄せられるのだ。
中にはウィンクまでしてくれる声優さんもいた。
普段なら内心激昂ものだけど、今回に限ってはまさに眼福と幸せを噛みしめる結衣である。
「そうですね。渚先輩もたまには役に立つものです」
「え? 僕、なんにもしてないけど?」
そんな会話を交わしながら、駅はどっちだったかなと周りを見渡す渚。
ふと胸の前にスケッチブック大の紙を持った人たちを、あちらこちらで見かけることに気付いた。
「ねぇ、あれは一体何をして……わぁ!?」
結衣の方へ振り向いて驚く。
何故なら結衣もまた同じようなものを持っていたからだ。
「あ、これですか? これはですね、来場記念にチャームを貰ったじゃないですか」
「あ、う、うん。これだよね」
渚はポケットから取り出したのは、今回のライブのアニメキャラを模ったチャームだ。
「これ、ひとり一個しか貰えないですよね。でもアニメのキャラは9人いるわけで、しかも中が見えない袋に入った状態で渡されるから推しキャラのチャームが手に入るとは限らないわけです」
「推しキャラ……」
「だからお互いに推しキャラが手に入るように交換しましょうって呼びかけているわけですよ」
ちなみに私の推しキャラはリーダーの子ですと、結衣は同じように紙を持った交換希望者たちを注意深く見渡す。
「うーん、見た限り交換できそうな人はいませんね」
「どうするの?」
「まだまだ会場から出てくる人はいますからね。その人たちと交換できるように私たちも待ちましょう」
立ち尽くす交換希望者の集団に結衣も加わった。
「あ、先輩のチャームも交換リストに乗せてもいいですか?」
「え、やだよ。僕、何にも知らないからとりあえずこのチャームのキャラの人を応援してたんだから」
「なるほど、その子が先輩の推しキャラですね。だったら仕方がありません」
さすがの結衣とて二次元キャラや声優さんにまで嫉妬は感じない。
それにどういう形であれ興味を持ってもらえたのなら、それをきっかけに作品そのものへ渚を引きずり込むことも可能だろうと内心ほくそ笑む。
同じ沼にハマる人は何人いてもいいのだ。
「あ、いたぁぁぁぁぁぁ!!」
と、五分あまり立っていた頃だろうか、会場から出てくる人たちとは反対の方向から来た男の人に渚たちは声をかけられた。
大学生だろうか。
髪を金髪に染めて、痩せた身体つきをしているくせに首にはゴツい金のネックレスをしている。
あまりふたりが好感を持てるタイプではない。
「あの、すみませんっ! 交換、お願いしたいンすけどいいスか!」
「はい。お願いします」
でもチャームの好感ぐらいなら問題ないと結衣は自分のを鞄から取り出した。
「おおっ! やった! じゃあ俺も……あ、あれ?」
男がズボンのポケットを何度も探るも、チャームが出てこない。
「あ、しまった! 鞄の中に置き忘れたっ!」
「そうなんですか?」
「今日、仲間と一緒に来たンすよ。で、ライブ終わってすぐそこの喫茶店でチャームの開封をしたンすけど、俺だけ推しが外れて。あ、あの、悪いンすけど、ちょっとその喫茶店まで付いてきてもらっていいッスか?」
「分かりました」
「ええっ!?」
隣でやり取りを眺めていた渚が突然驚いた声を上げた。
「なんですか先輩、いきなり大声をあげて」
「だって。そんな知らない人に付いて行ったら危ないよ」
「先輩、子供じゃないんですから」
「でも」
「大丈夫ですって。このアニメが好きな人に悪い人はいません」
そういう結衣に男も「そうっスよ」と笑って見せる。
その笑顔がどうにも嘘くさく渚には見えて仕方なかった。
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