第14話 ─side 叶依─ 優しさの意味

 その日の夕食の品数は、私の予想を遥かに超えていた。この家の雰囲気や海輝の母親・景子の人柄からはごく普通のものしか考えなかったけど、実際に出されたものは質素な食事が続く私には、豪華としか言いようがなかった。

「今日は海輝の誕生日だし、ちょうど叶依ちゃんも来てくれたからね。私も会いたかったのよ」

 海輝の誕生日というのは知っていたし、車の中でも本人が言っていた。祝ってほしそうにしていたので、とりあえず「オメデトウゴザイマス」と言ってある。

「母さん、すっかり叶依ちゃんのファンだよ」

「あら、でも最初に『これ良い、これ良い』って言いまくってたの、海輝でしょ?」

 OCEAN TREEが私を気に入ったのはなんとなく聞いていたけど、家でもそれを話していたなんて。嬉しいけど、ちょっと照れくさい。

「え……まぁ……そう……。でも、良いでしょ? 良いから、よく売れたんだよ」

 夕食を兼ねた海輝のバースデーパーティーは、三時間ほど続いた。その間、私と海輝と景子は音楽の話で盛り上がり、冬樹と海輝の父親・洋は、なぜか釣りの話に夢中になっていた。冬樹は時間を見つけては北海道に戻り、洋と二人で釣りに行くらしい。

 海輝と冬樹は顔も髪型も全く違っていたけど、まるで本当の兄弟のように見えた。海輝はともかく冬樹が妙に葉緒家に馴染んでいて、家族にしか見えなかった。

「私、ずっと寮で生活してて──寮母さんは優しいし友達も多いから、それなりに楽しかったけど──」

 冬樹と洋の釣り話が深くなる一方で、私は景子に身の上を打ち明けた。けれど、最後の言葉は言いきることができなかった。

 十六年間生きてきて、家族の温もりを感じたのはこの日が初めてだった。


 ──そして、ラジオの日になった。

 ゲストのコーナーが終わったあとは、その一週間の中で良かったものについて語る【TOP OF THE WEEK】。

「さて、今週もですねぇ、いろんなことがありましたけども。冬樹は何かあった?」

「何かあった? って、ずっと一緒にいたじゃない」

「あー……いましたねぇ」

「いましたよ。あの、毎年この時期、一緒にいるんですけども。いろいろあってね、いろいろというか、海輝のね、バースデーパーティーがあるんですよ。で、毎年行ってるけど、やっぱ楽しいね」

 冬樹が話しだしたのは、洋と釣りの話をできたこと。大物が釣れたら嬉しいから今度は三人で行こうと、海輝を誘っている。けれど海輝はそれは嫌だと言った。

「行くなら二人で行って。俺、あれ嫌いなんだよ、あの水面でぷかぷか浮いてるやつ。あれ何だっけ? あ、ウキだ。あと、ただ水面見てるのもなんか、船酔いしたみたいな感じになるからヤだな」

 それからもあーだこーだと言いながら、海輝は釣りは嫌だと言い続ける。もちろん冬樹は反論して、釣りは良いぞと、こっちも言い続ける。冬樹は本当に釣りが好きで、パーティーの時も深夜まで話していたらしい。

「釣りは良いですよ」

「そうですか……。そんなわけでですねー、TOWでした」

 何のつもりなのか、海輝はコーナーを終わらせようとした。

「っと待てって。まだ終わっちゃダメでしょう」

 スタッフの誰かも、ブーッという音を鳴らしている。

「いいよ俺は別に……」

 ベシッ。

「言うのー?」

「言わないと」

「じゃあ……言います。でもこれ言っていいのかなぁ? 言ったら叩かれそうな気がする」

「残念、もう遅いよ。今さら変えても、みんな気になって問い合わせ殺到するよ」

「そうか……。ま、いいや。その、俺も、それがあった日は実は冬樹と同じで」

「何かあった? 海輝の誕生日……」

「あったじゃない。すごいことが。例のカフェでライブやってた時にさぁ」

 それは私に会ったことかと、すぐにピンときた。会えた喜びにはしゃいでいた彼の姿を思い出して、少し苦笑する。それからカフェでお世話になって、パーティーではギターの技術を褒められて、家でのんびりしている時も海輝はいつも優しくしてくれた。

 そういえば冬樹も喜んでたけど海輝ほどではなかったな、と思い出したのと、海輝の優しさの意味に気付いたのはほとんど同時だった。

「女の子なんだけど、すごい、良い子、なんですよ。今日もここにね……いるんですけど……」

「向こうにね。僕らより年下だね?」

「そう……。可愛い子ですよ」

「向こうで見てる可愛い子、あ、いま隠れた。おーい……ダメだ、消えちゃった」

 ほとんど反射的に、私は二人からは見えないところにうずくまっていた。少ししてからCMになったので出てきたらどうしようとか、大阪に帰るまで何となく気まずいとか、とにかくいろんなことを考えすぎて頭がパニックだった。

 私をそこから救ってくれたのは、ADの井上夏子だった。

「叶依ちゃん、こっちおいで、大丈夫だから」

 その言葉を信じて、私は這うようにスタジオから脱出した。

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