第13話 ─side 叶依─ 先輩と後輩

 私が北海道に行った理由は、あとで話すことにして──。

 札幌に到着してからどこに行こうか迷っていると、近くにいたお姉さんが「こっちに行くと賑やかだよ」と教えてくれた。進行方向には大通り公園があって人が多かったけど、私のことはそれほど広まってはいないようで、特に声をかけられることはなかった。

 しばらく西へと進み続け、公園が途切れたところで東側へ引き返した。テレビ塔を目指して歩き続け、あるときふと、北へ向きを変えた。

 何かが聞こえた。

 音のする方へ誘われるように歩いていくと、それが音楽だとわかった。録音ではなく、生演奏だった。それがギターの音だとは、もちろんすぐにわかった。

 まさか、そんなはずはないと思ったけれど──。

 二つ目の角を曲がったところで、私はそれを発見した。時計台の向かいのオープンカフェに集まる大勢の人。その中央に座ってギターを演奏している青年二人──。

 私はただ、驚くしかなかった。目の前でギターを演奏しているのは、紛れもなくOCEAN TREEだったからだ。

 大川にCDをもらってから、毎日聴いていた。どの曲を聴いても、自然界の、日常生活の、何かを想像できた。私のギターには歌があるけれど、彼らのにはない。もちろんタイトルはあったけど、曲のイメージをそのままつけたのはない。

 年齢もたったの五歳しか違わないのに、もっと上だと思うほどに本当に演奏は素晴らしかった。

「どうしたの?」

 頭上で声がした。

「え?」

「きみ、さっきからずっとそこに座ってるから、気になって」

 声から姿を想像して、身構えてから顔をあげた。私の前に立っているのは、二十代前半くらいの青年だった。そしてそのまま私は、口をぽかんと開けてしまっていた。

「そんな、初対面でそんな顔されたの初めてだなー。それより、そんなところに座ってたら、せっかくのギ──」

 私は持参したギターケースに座っていたようで、慌てて立ち上がった。いつもの顔に戻してから改めて相手を見ると、今度は彼がさっきの私より驚いた顔をしていた。

「もしかして──若咲叶依ちゃん……?」

「うん」

「本当に? マジで?」

 話しかけた相手の正体を知って、彼は本当に驚いていた。もちろん彼を見かけたときは、私も驚いた。それが、葉緒海輝との出会いだった。

「なんか、予定してたより、ずいぶん早く出会っちゃったなぁ」

「何やってんの、海輝?」

 海輝の後ろから現れたのは、恒海冬樹。

「あ、冬樹! も、ビックリしてさー! この子誰だと思う? あの子だよ、例の!」

 そんなにはしゃがなくても、と思ったけれど、会えたことは私も嬉しかった。冬樹の提案で、オープンカフェに入ることになった。


 三人がカフェに入ると、店内は少しざわついた。デビュー間もない私はともかく、OCEAN TREEは人気有名人。彼らはこの店の常連のようで、店員に「ランチ三つね」と言うと一番奥の席へ進んだ。

 けれど、店内がざわついたのは、OCEAN TREEだけが原因ではなかったらしい。

「僕ら、ここにはよく来てるし……叶依ちゃんに注目してるんじゃない?」

 二人に言われて耳を澄まして驚いた──店内のBGMが、なんと私の『balloon』だった。ここの店長はOCEAN TREEの高校時代の先輩で、OCEAN TREEがラジオで紹介したアーティストの曲は、いつもしばらく流し続けるらしい。

 海輝と冬樹は同級生で、普段は東京で暮らしているけれど。北海道出身なのもあって、このカフェでのライブを兼ねて、帰省していたらしい。

「叶依ちゃん──髪切った?」

「うん。十センチくらい」

 北海道に来る前に、なんとなくバッサリ切った。ちなみに髪色は担任に注意されるけど、黒に戻すつもりはありません。

「だーから、最初わかんなかったんだ」

「ところでさぁ、なんでひとりなの? ご両親いないのは知ってるけど」

「そうだ、家、大阪じゃなかった?」

 それは本当に、私にもわからなかった。

 夢に本物の母親が出てきて、北の国へ行けと言われた。もちろん最初は信じなかったけど、母親に触れた感覚が確かに残っていた。それから一番驚いたのは、札幌行きのチケットを持っていることだった。誰かにもらった記憶はないし、もちろん自分で買った記憶もない。それでもちゃんとチケットには、私の名前と日付も入っていた。

 起きてもまだ夢じゃないかと、いろいろ確かめた。でもそれは本当に現実のようで、気付けば私は飛行機に乗っていた。何度も頬や手の甲を抓ったけれど、どれも痛かった。

「へぇ……。てことは、宿も何も決めてないってこと?」

「うん。どうしようかな……帰るまで長いし」

「じゃ、うち来る? いま休暇中で実家に戻ってるんだけど……こいつも来てるし。あ、大丈夫、ちゃんと空き部屋あるから! 女の子ひとり置いてきぼりに出来ないし。後輩だしねぇ……先輩は頼るもんだよ」

 悩んだ末に私は海輝にお世話になることになって、三人で車に乗った。到着するまでの約三時間半、話題が尽きることはなかった。

 海輝の実家は南富良野の湖畔にあって、海輝の両親は快く迎えてくれた。冬樹は海輝の部屋にいたけど、私には客間を用意してくれた。

「何かあったら言って。部屋、隣だから」

 それから一時間ほど、私はずっと窓の外を眺めていた。夕暮れの湖と空の色が、とても美しかった。

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