第10話 キスより熱い拳はやめて

 それから、幾年過ぎ去り。

「くあーあ……」

 茨に包まれたベッドの上で、少女はあくびをした。

「んあーん……? ここは何処だぁ?」

 寝ぼけ眼を擦りながら、周りを見渡す。

 ジャングルか見間違えそうなほど、植物に囲まれている。

「ん……」

 近くに愛用の剣はない。シンボルたる赤い鎧もない。それに、追いかけていたはずの奴もいない。

 あれ……誰だっけ。

 彼女は段々不安になってきて、ベッドから出てみる。足元には真っ白なスリッパがちょうどよくあった。

 武器がないから手持ち無沙汰ではあるものの、彼女はゆっくりゆっくり部屋を歩き回る。

 そして、大きな声で呼び掛ける。

「なぁ、誰かいないのかー?」


「ところで俺は草木の妖精」


「うおっ!」

 黒い服の男が周りの草花からぴょんと飛び出してきたので、彼女は驚いた。……そういうおちゃめなことをするやつだったのか、という意味で。

「あれ」

 彼のことを知っている気がした。

「……ええと……お前は」

 名前を言おうとして、でも言えなかった。やっぱり知らない男だろうか。

「……俺はクロウだ」

「クロウ……。ああ、クロウ!」

 その名前を聞いた途端、彼女はすぐ思い出した。黒尽くめの、山賊狩りの男。強くて、小賢しくて、……子供を失った男。

「おはよう、レッド」

「……おはよう」

 レッド。ああ、それが私の名前! そうだった、なぜ忘れていたのだろうか。自分の名前なのに。

 彼女、レッドは先程の不安から解き放たれ、ぱあっと笑顔を咲かせた。

「飯が用意されている。王子……騎士団長から頂いた食材でな。さ、食堂に案内しよう」

 クロウはレッドに右手を差し出す。

「おう!」

 レッドも左手を出して、手を繋いだ。

 そしてそのままレッドは、クロウの顔に右拳をぶち込んだストレート






「治っとらんやないかいっ!!!!!!!!」

「うおっ、なんでいきなり訛る?」


 レッドの呪いはまだまだ解けない。

 凶暴性は少し削がれたが、魔王の呪いは残ったまま。

 恐らくこれからもレッドは強者に向かって走るのだろう。そしてクロウは苦労する。

 だけれども、それでもなお、二人は生きていく。

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