第160話 『ルベドの子』
「いやあまさかニッコラが本当に本当の意味で『ルベドの子』だと思わなかったよ。すんごいね。どおりで近い匂いがするはずだし、箱もしっかりしてるはずだよね」
「ちょっと待て」
俺はこんがらがる頭を整理するので精一杯でアルベドを黙らせた。
「ただ似てるってだけだろ? 他人のそら似だ。だって母さんは……」
「でも大教会の奴が会いに来てたし、ニッコラだって『ルベドの子』で、状況証拠はそろってる」
「大教会の人が来てたのは……そう例えばルベドの影武者をするためだったとか?」
「ルベド自体が表に出てないのに影武者をする意味がないじゃん」
それはその通りで俺もルベドの顔なんて知らなかったし、当然、いつも行っていた教会にでかい像やら肖像画が飾られているわけでもない。そもそも公表されていない。アルベドやニグレドと同じように。俺、ニグレドの顔を知らないし。
それでも、
「他人のそら似って線は消えない。きっと母さんはルベドに似てるだけで……」
「もう一つずっと気になってたことがあるんだけどさ、ニッコラの母親って、二人産んでるよね? それも結構引っかかるんだよね」
「それがどうかした?」
「もし薬を使ったとしたら、
執事の方を見ると彼は、
「あり得ません。ライリー様はこの屋敷でお生まれになりましたし、それに、旦那様にとてもよく似ていらっしゃる。産婆に聞けばさらにくわしく解るでしょうが……」
俺はまだ信じられず、口元を覆って固まっていたが、アルベドは追撃するように、
「それにさ、ニッコラとライリー、二人とも一回死んでるよね? ライリーは言わずもがなだけどさ、ニッコラも」
「俺は別に死んでなんか……」
「ニッコラ、廃嫡された直後に川に流されたんでしょ? レズリーからボルドリーまでどれだけ早い馬車でも二日はかかるよね? その先まで流されたんでしょ? 一体何日流れてたの?」
それは確かに疑問だったけれど、あの時は健康になったのが嬉しすぎて、ただただ幸運だったと思い込んでいた。
ただの幸運じゃなかったのか?
「『ルベドの子供たち』は普通の人間と変わりないから死ぬけどね、『ルベドの子』ってそう簡単に死なないんだよね。生存力が高すぎる。それがルベドの直系だとしたらなおさらだよね」
「いや……でも……」
本当にそうなのか?
あまりの衝撃に思考停止しそうになるのを無理矢理頭を働かせて、考える。
「……母さんがルベドってことはライリーも『ルベドの子』のはずだ。でも、アイツは魔力中毒症にはなってなかった」
「ニッコラと違って自分で抑え込んでたのか、その方法を教えた奴がいるんじゃない? もしくはルベド自身がライリーをニッコラとは別に作り替えたとか」
「俺にはそうせずに? おかしくないか?」
「んー……わっかんないけど、ホムンクルスすら作れちゃうルベドならそのくらいできそうだよね。そもそもライリー生き返ってるし」
俺はそれを聞いて唸った。
そうだ。ライリーは生き返ってる。
棺桶を内側から破壊して。
「ともかく、ニッコラの母親、ルベドと似てるってだけじゃいろんなことに説明がつかないよ。たまたま顔が似てて、たまたま二人を産んで、たまたまニコラとライリーが一度死んでも平気だった、としても、二回も『ルベドの子』を産んだ母親の墓の下にルベドの痕跡がまったくないなんてことはあり得ない。多分棺は空っぽだよ」
「母さんの墓に反応はなかったのか?」
「まったくね。隣にライリー用の穴が空いてたから、土を隔てても母親の棺との距離がものすごく近かったけど、それでも反応はなかったよ。ウチちゃんと確認したもん」
アルベドはただ写真を見ただけで母さん=ルベドという図式を展開した訳ではないらしい。ここにきてからずっと違和感があったのか。
「やっぱり母さんは……ルベドなのか……」
「うん。ってことはね、ニッコラはルベドを呼び出せるかもしれない。『ルベドの子供たち』の間で念話ができるようにね」
「『箱』を使った連絡は『七賢人』に止められてるんだろ?」
「でもニッコラは、ただの『箱』じゃないでしょ?」
「そうだけど……」
念話……念話ねえ。
俺は目を閉じて、『ルベドの子供たち』とするようにルベド――母さんと会話出来るか試してみた。
イメージや言葉を送ろうとするように、あるいは受け取ろうとするように、全身の感覚を研ぎ澄ませてはみたものの、うまくいかない。
と言うかそう簡単にいくはずがない。今までだってルベドのことを探していたし、まったく考えてこなかった訳じゃない。その時点でルベドから念話が来ても良さそうな物だ。
ルベドの子でも、無理か。
母さん……どこにいるんだろう。
反応がないので諦めて、アルベドに「ダメだった」と告げようと、ふっと力を抜いたその瞬間、
〝ニコラ?〟
はっきりとそう聞こえたかと思うと、視界がふっと暗転する。
息苦しい暗黒の大地。さっきまで絨毯だった床は炭みたいに真っ黒な土に変わっている。どこにも光なんてないのに俺は俺の身体をしっかりと視認できている。
俺以外の身体も。
誰かいる。
「母さん?」
「ああ。ニコラ、大きくなったね」
母さんは俺に近づいてくるとぎゅっと抱きしめた。暖かさが伝わってくる。
長い間忘れていた感覚。
母さんがふっと身体を離してから気づいたけれど、ここでは俺の身体はとても小さい。まるで子供の頃に戻ってしまったかのように。
俺が自分の身体をじろじろみていると、
「ここは私の世界だから私の量によって身体の大きさが決まるの。つまりルベドの量ね。量が少ないと入ってくることすら出来ないから『ルベドの子供たち』は入って来れないけど、ニコラならこうやって話せる」
「母さんは……やっぱりルベドだったんだ」
「ええ」
「どうして……死んだなんて嘘をついたの?」
「どこから知られたのか『七賢人』がレズリーに迫ってたから。あなたたちを守るにはそうするしかなかったの。そのあと捕まっちゃったけど」
ごめんね――そう、母さんはつぶやいた。
その申し訳無さそうな表情はまさしく母さんで、俺は目頭が熱くなるのを感じた。
「母さん……今どこにいるの? 『七賢人』から逃げ出したんでしょ?」
「それは言えない」
「どうして!」
「ニコラ、他にもいろいろ聞きたいことはあると思うけれど、時間がないの。ここは、いま危険だから」
「ここって、母さんがいる場所?」
「
と、母さんが言った瞬間に、遠くの方に何かが出現した。
少年?
「もう来た。ニコラ。走って」
母さんに手を引かれて、俺は走る。
少年は歯を食いしばってなんとしてでも捕まえようと俺たちを追ってくる。
なんなんだアイツ。訳がわからない。
でも、どこかで見たことがある気がするような……。
母さんは走りながら、言った。
「ニコラ。ライリーを探して。あなたとカタリナなら見つけられる」
「ちょっと待って! カタリナはもう――」
「ええ、解ってる。あなたたちに何があったのかは全部ね。そしてニコラがそこから前に進めないことも。今のままじゃ本当に幸福にはなれないことも」
――ニコラ、あなたがいつか家庭を持ったとします。愛する人ができて、子供ができて、守るべき団らんを作り上げたとします。……そういった状況をニコラは想像できますか?
ナディアの言葉が蘇る。
「ライリーを探して。二人ならあの子を止められる」
「あの子って!?」
と俺が叫んだ瞬間、ドンッと母さんは俺を突き飛ばした。
視界がぼやけ始め、母さんの姿が消えていく。
その後ろから少年が追いかけてきているのが見えた……。
それが誰なのか、俺はようやく気がついた。
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