第158話 ルベドの匂いがする

「ライリーが生きてるって……こういうことだったのか」



 俺は棺桶に近づいてそう呟いたものの、まだそれについては半信半疑だった。


 いや、確かに状況から見て、内側から何かが飛びだしたのは明らかだし、かなり強力な力で破壊している所をみると魔法的な力がそこに関わっていそうだと言うのも解る。


 けれど、ライリーがやったとまでは信じられない。



「俺はアイツが死んだのを確認した。だからこんなの……」

「ホムンクルスだったんでしょ? じゃあ、核になってる心臓を破壊して初めてその死が決定的になるはずだけど……本当に確認した?」



 アルベドの言葉に俺は頷いたけれど、ただ、こうなってくるとその確認も曖昧だったのだろうと思えてくる。解剖した訳じゃないんだ。いくつかの心臓が破壊されたのは解ったけれど、核となっている心臓がどうかは解らない。



「ホムンクルスの心臓が胸にあるわけじゃないしね」

「いやまあそれは……解ってるつもりだったけど――もし本当に生きてるとしたら、暴れ回ってるかもしれないってことか? いや、でもそういう話をボルドリーじゃ聞かなかったし……こっちでもないんだろ?」



 執事に尋ねると彼はゆっくりと頷いた。



「そのような話があれば真っ先に旦那様のところへ連絡が来るはずです」

「そうだよな」



 じゃあ身を隠してるとか?

 なんのために?


 そもそもその精神を支配しているのが、ライリーなのかそれともゾーイなのかが解らない時点で思考の予想ができない――いやどっちか解ってもできないけど。


 俺は頭を掻いた。



「ったく、ルベドのことで来たのに何でライリーのことで悩まなきゃならないんだ? ……っていうか、アルベドお前なにしてんだ?」

「んー?」



 アルベドはいつの間にやら突き破られた棺桶に頭を突っ込んで何かを探しているみたいに足をばたつかせていた。


 執事が怒るかと思ったが、まったくそんなこともなく、じっとその様子を窺っている。


 しばらくしてアルベドは棺桶から頭を抜いて、指を擦って首を傾げ、「うーん」と唸り始めた。



「ルベドの匂いがする」

「……え?」

「血かな。棺桶を突き破るときについたのか解んないけど。色々混ざってものすごく薄くなってるけど、うん、ルベドに間違いない」

「……ってことは、ライリーが食われたホムンクルスは……ゾーイはルベドとか箱とかに近い存在だったってことか?」

「あるいは、ニコラと同じように、ライリー自身にルベドの因子があったのかもね」

「それは――」



 どうなんだろうと俺は思う。



「アイツ別に魔力中毒症じゃなかったけど?」

「うん。そう……だけど。うーん。解んない!」



 アルベドはその場に寝転がって絨毯の上をゴロゴロと転がった。やめろ。マジで怒られるぞ。


 と思って、執事を見たけれどまったく怒らない。



「ニコラ様はこんな風に駄々をこねたりわがままを言ったりしない子でしたね」

「しなかったんじゃなくてできなかっただけだ」

「ええ。まあ。そうですが、それでもですよ。それでもあなたは自分のことを表には出さなかった」



 だから俺のせいで追い出されたんだ、とでも言うつもりだろうか。俺は小さく溜息をついたが、執事は、



「命令していただければいつでもあなたを連れ出すつもりでした。そう、私は命令がなければ動けなかった。私はエイダのようにはなれませんでした。自分とあなたを天秤にかけて、自分を取ったのが私です」



 俺は黙ったまま執事をみた。


 俺が出て行く前よりずっと痩せているように見える――と言うより、老いたように見える。心労が絶えないんだろう。実際の歳はいくつなのか解らないけれど、きっと俺の祖父と言ってもおかしくないくらいの年齢だ。


 俺は別にこの人を恨んでない。



「時々、伯爵の目を盗んで俺の部屋にきて、俺が寝てる間に魔力を捨ててくれてたでしょ。アニミウムの腕輪を掴んで、魔法を使ってくれてた。今なら、あのとき何をしてたのか解る」

「……起きていたのですね。そうですか。ええ。カタリナが魔法を使わなければ魔力がたまる一方だということは解っていましたから。私のサーバントが魔力を少しは使えるかもしれないと言っていたので、時々そんなことをしておりました」



 そう、だからきっと、よく目をこらせばこの屋敷の全員が悪い人間って訳でもなかったんだろう。その中でも俺の家族だけが突出して非道で、エイダとナディアだけが自らを省みず俺を助けてくれたんだろう。


 執事はふっと息を吐いて、



「いまさら何をニコラ様に言っても全て言い訳になってしまうことは解っています。だからといって言わないのは違うと思いますが。ただ、あなたが何かを成すために戻ってきたのであれば、何か助けを欲して戻ってきたのであれば、今度こそはお手伝いすると決めていたのです。あなたが生きていると知らせがあったあの日から」



 たとえ、伯爵を裏切ることになろうとも――そう、彼は続けた。


 いまさら遅い――なんて彼に対して思わない。

 誰の手でも借りたいくらいなんだから。

 たとえバカ親父の手でも。


 ただ、あのバカ親父はそれに答えてくれる保証がない。


 でも執事であれば?

 そして、彼の力で入れる場所であれば?



「じゃあお言葉に甘えることにする。知りたいことがあるんだよ。伯爵と……それから母さんについて」



 夕刻までまだかなりの時間がある。

 アイツが戻ってきても話を聞けないならその前に、聞けるだけの情報を集めておこう。


 俺が生まれるより前からここに勤め、バカ親父のそばに居続けた彼なら、きっと、何かを知ってるに違いない。

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