第75話 気球に乗りたい少女

 翌日、同じ場所に行ってみると本当に彼女は横たわって眠っていた。しかも昨日俺がおいた金までそのままだ。何を考えてんだこいつは。


「お前本当にずっとここにいたんだな」

「ああ、昨日の。そうだよ」


 彼女はあくびを一つした。本当に動かないつもりらしい。


「おまえ、もし気球を近くで見れたらここを動くんだな?」

「乗れたら絶対動く。そのために来たんだし」


 俺は大きくため息を吐くと、彼女に待っているように言った。

 学内ではあるが安全性向上の調整のために今日も気球は飛ばす。それに乗せてやれば、満足して何処かへ行くだろう。


 2日後に広場で飛ばすとき、あの少女が騒いで、まわりの客まで乗りたいと言い出すのが一番面倒だ。断ればいいのだろうが、あの少女はまじでいつまでもあそこに居座り続けそうだからなあ。早めに手を打っておこう。


 俺は学内に行き、ブリジットを見つけて声をかけた。


「学内に入る申請ってどうやるの?」

「ああ、それは……」


 彼女は事細かに説明してくれた。礼を言ってブリジットに言われたとおり、俺は事務に向かい、「気球の制作手伝い」と称して申請した。受付をしてくれた男性は、


「ああ、あの気球見ましたよ」


 と笑顔で言って許可証をくれた。ただの紙切れ一枚だったけど。


「正門から入ってもらってください。基本許可証の提示を求められることはありませんが、なにかのときには必要なので常に携帯するように言ってくださいね」


 俺は頷くとその紙を持って、広場に寝転ぶ少女のところに戻った。

 相変わらず彼女はぐーすか眠っていて蹴飛ばしたくなった。


「おい、起きろ」

「んあ?」

「気球に乗りたいんだろ? 連れてってやる」

「おー、やったあ」


 彼女は両腕をあげて喜びを表現した。久しぶりに動いたせいか、腕と体の間に蜘蛛の巣がはっていた。せっせと作っていた巣が破壊されて蜘蛛は憤りを覚えたことだろう。


「連れてくが、まずお前、名前は?」

「私はヒルデ」


 許可証には名前を書く必要があった。必ず書くように言われたので、聞くしかない。


「よし。じゃあ行くか」


 許可証に名前を書くとそう言ってあるき出したが、彼女はそこから動かなかった。


「おい、立て」

「おんぶー。おんぶしてー」


 こいつ一体どうやってここまで来たんだ。

 俺はヒルデのそばに落ちたままだった金を拾い、願い通りおんぶしてやると正門のそばまでやってきた。


 彼女を地面に下ろそうとすると首にがっしりとしがみついた。

 苦しい!

 まわりの学生がジロジロと見ている。


「おい! 死ぬだろ!」

「突然おろそうとするから」

「お前はここから入れ。俺はここから入れないんで、裏から入るから」

「じゃあ私も裏から入る」


 ああもう。

 

「裏からは入れないんだよ。特殊な許可証が必要だから」

「大丈夫。私は入れる」

「あ? 許可証持ってんのか?」

「まあ、そんなとこ」


 ホントかよ。


「お前逃げてるって言ってたじゃん。他の街とか国から来たんじゃないのか?」

「違う」


 じゃあどうしてあそこに居座れるんだ?

 もっと緊迫感を持って逃げろよ。


 ますます意味がわからなくなったが、許可証を持ってるなら中に入れるんだ。で、気球に乗せればいなくなってくれる。そうなれば俺には関係ない話だ。


 おんぶしたまま裏門までまわった。あいかわらず裏門はただの壁で、アーチが埋まっているだけだ。革の袋からカードを出すと、ヒルデをおろして(今度はしがみつかなかった)裏門にかざした。


 シュシュシュとアーチが壁の中で小さくなって、俺の身長くらいの大きさになり、パコンと開く。


 あいつまた寝転んで入んないとか言うんじゃないだろうな。

 そう思って、俺は門をくぐると振り返った。


「ほら、お前も入って……」


 俺はぎょっとした。

 そこに、ヒルデの姿はなかった。

 俺の通ったアーチはすぐにふさがって元の大きさに戻っていった。

 

「おい! どこいった!?」


 俺はまたカードを持って裏門に近づいた。パカンと開いたが、向こう側に彼女の姿はない。


「ヒルデ!」

「はいはい。ここ、ここ」


 声がして、俺は足元をみた。

 いつの間にかヒルデは学内に入っていて、俺の足元に寝転がっていた。

 

「いつの間に入った?」

「さっき」


 さっきなのはわかる。でもどう考えたって、彼女は一瞬いなくなった。

 門が開いたのは二回だが、どちらも俺のカードで開いたはずだ。俺しか通れない。

 

「一体何処から入ったんだ?」

「門から入ったよ」


 さっぱりわけがわからない。


「ねえ、そんなのいいから早く気球に乗せてよ」


 ヒルデはどうでもいいようにそう言って俺の服をひっつかんで登ろうとした。


「やめろ服が伸びるだろ」


 俺はまた彼女をおんぶして、いつもの場所に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る