008 朝市で飯。と、意外な遭遇


「美味っ! いやぁ、どこのバカ舌が書いたんだこの観光ムック本? 屋台飯最高っつーわけで、お姉さん? 次もこのなに、ルーデシッサってやつをお任せ具でおかわり」


「おぉやぁ? こりゃあずいぶんと口の達者な乗せ上手が来たようだね。ついでにピクルムはいかが? こっちもファヴァーヤで伝統の飲み物なんだが、単車なら水割りだ」


「おう。全然役に立たねえ本よりお姉さんの言うこと信用するよ。ピクルムもくれ」


 昨日、移動商隊キャラバンに会った以外は特にひとと接点もなく夕暮れ時には目指していたパシェックの町に到着したレィオは適当に民宿を一部屋取り、一泊。ここはザ・下町というふうで庶民に親しまれる場所だ、というのは一目でわかった。景観も悪くないいい町だ。


 ベッドはさすがにちょこっと硬かったがいつもマドレアヌの事務所兼自宅で使っているベッドにそこそこでいいマットレスを使っているので仕方ない。比べるものが違う。


 朝陽を遠く眺める。んー、と伸びをしたレィオは朝早くだろうと昨日の夜に屋台飯で軽くこの地方の伝統料理を少しずつ購入して買い食いしただけだったので空腹だったのもあって朝市にでかけてみることにした。ベッド脇の充電コードから端末を抜いて取る。


 フル充電確認し、パジャマから着替えて洗面台で髭を剃って化粧水と日焼け止めでスキンケアを終え、衣類を本格的に整える。防弾防刃装備を着込み、ガンベルトを巻く。


 端末をコートの弾丸入れているのと逆のポケットに入れて羽織り、身支度整えたレィオはガンベルトに入れている銃を手にして少し物思いに耽る。また、だった。変な夢。


 阿鼻叫喚のそこは広場のようでなにかの会場のようでもあった。――の神聖な儀礼を尊ぶ場に混乱をもたらす影が三つ。黒いローブを着ていた。フードを目深にかぶって。


 凶悪な魔攻が行使されたのか。それともこの現代に珍しいが単純な刀剣類拳銃などを使ったのかわからないが、それでもそこにあったのは血溜まりと死体の山。屍山血河というがまさしくそれっぽい風景だった。朝一に思いだしたいものじゃなかったが、でも。


「あれ、ライル……か?」


 あの不思議な瞳。蒼と銀と金が様々な感情のままに揺らぐ不思議で神秘的で美しい瞳は一度見たら忘れられない。のだが、あの場にいたライルはストンウォーリザーを始末した時のように風に吹かれても揺らぎ揺らがない柳のような風情ではなかった気がする。


 動揺し、怯えて恐怖に支配されて泣きだしそうな顔をしていたライルはライルっぽくなかったが、どこが? と聞かれると途端困る。だって、見たのはあくまで夢だから。


「夢、だよな?」


 誰かに訊いてみるレィオは残滓を振り払うように頭を振って民宿をチェックアウトしてしまい荷物を愛車に積んでから朝市に繰りだしたのだが、一瞬で夢は彼方になった。


 朝の陽がのぼったばかりであるまだ早朝だというのにもう店は開いていたし、お客さんの姿もちらほらある。ファヴァーヤ王国の王都が近いといえまだ距離的には数十キロあって地域料理もまるで違う。レィオはまず、クル・パマリ地方の伝統料理をチョイス。


 伝統料理のひとつを店長のお姉さんにおすすめされたのでわからないのも手伝ってそれを――ルーデシッサとかいうものを注文した。簡単な巻き物料理。


 薄く焼いた米粉の生地に濃い味つけの肉やかし魚を主菜に生野菜の副菜を乗せ、たっぷりの特製ソースをつけて巻きあげたそいつを豪快に頬張って食べる、のだそうな。


 片手で食べられるお手軽さと具材の多さが最大の魅力だと言える。具材のバリエーションだけで腹いっぱいになれそうだから。さっきのは蒸かした魚の酢締めと根菜のスライスだった。これがまた、絶妙な塩梅で配合されたソースにとてもよくマッチしていた。


 店の女主人はレィオの口の上手さにくすくす笑っていたがまんざらでもないのか飲み物だと思われるものをルーデシッサのお供候補にあげてくれたので迷わず注文しとく。


 生憎なんの、どんな飲み物か知らないが、ピクルムが先んじて届けられる。乳白色を少し水で薄めた感じがしたのでマドレアヌにある発酵乳のドリンクみたいな感じ? と思って一口。シュワ、とした感触が口の中、爽やかに当たってくる。予感的中だが違う。


 マドレアヌにあるアレ、カスピエのよう舌に独特の乳臭さが残らず、ひたすら爽やかなのだ。炭酸水で割っているわけでもないのでそのピクルム原液が少し炭酸気があるのかねと思案しつつ待っていると新しいルーデシッサ、ではなく意外な人物がやって来た。


「お? おはようさ、ん?」


「うん。おはよう」


「……どうした、ライル? なんか暗いぞ」


「ちょっと、嫌なってところだね。あなたは朝ご飯真っ最中って感じ、かな?」


「見ての通りだ。……。えぇっと、相談くらいなら負けとくぞ? 顔色悪いっての」


「じゃ、意見聞いてみるね。アーザム、僕にも野菜だけでルーデシッサとパカトも」


「あら、ライル君、いらっしゃい。ちょっと待ってね。男前君のもつくっているの」


「いいよ。テラスにいるから」


 それだけ言ってライルは店先にだしてある簡易テラス席のひとつに歩いていき、レィオに対面をすすめる。ライルは焦燥感と深い悔いと悲しみを負っているように見えた。


 だからレィオもいつものお節介癖でライルに訊ねたし、重ねて相談無料を提示し、顔色の悪さを指摘してやった。すると、ライルも折れたのか女主人アーザムにご自分朝ご飯を注文してから席に着いたわけだが、ふう、とよほど疲れたらしき吐息を零している。


 生意気盛りの背伸びしたがり小僧。レィオをおじさん呼ばわりした時は少なくともなんて小生意気なガキんちょだこいつ、と思ったがこうして朝陽の中で見る憂い顔はとても心許ないふうでひょんなことで折れてしまいそうなほど脆く可哀想にうつって見えた。


 なので、レィオは訝しみながら先んじて届けられたピクルムのコップを手にテラス席まで歩き、一脚椅子を引いて腰かける。対面に座るライルは落ち込んでいる。それもかなりへこんでいるようだったがすぐ腰の後ろに手をやって灰色の紙束を差しだしてきた。


「読んでみて。こんなの僕、はじめてだよ」


「? ああ。えぇと、なになに~?」


 一昨日の威勢よさが削がれているライルが差しだしてきたのは地方新聞だった。そういえば国の全体情勢を載せる国勢新聞とは別に多地区多地方なファヴァーヤは地方新聞も優秀な情報源なんだったっけ? とレィオが思い、広げて中を見る、までもなかった。


 そのニュース。おそらくライルが暗く落ち込んでいる原因であるニュースはこの地方新聞の一面で大見出しに載せられていたからだ。レィオの新聞を持つ手が震えていく。


 レィオが新聞をくしゃ、と握りしめたのを見てライルはおよそを把握したらしい。


「知っていたんだ? この移動商隊キャラバンのこと」


「な、んであいつらがこんなことになってっつか予想時刻って俺が買い物した辺り」


「そう、なんだ。一応訊くけどなにか」


「こんなことになるような異変なかっ――」


 レィオの声が途中不自然に切れる。ライルが不思議そうに興味の蒼で見つめてきたがレィオはもう一度新聞に目を通す。移動商隊タ・マードメディの壊滅記事。白黒写真には破壊された車の残骸がうつっていて風にはためく旗に描かれたマークに見覚えがある。


 砂漠だよな、ここ? と思ったし感想的に憧れの証かなにか? なんてのを覚えたのをきっちり記憶している。あの陽気な連中の商隊が壊滅――さらに新聞は隊員はもちろんだったが足であるティスクレッガたちも一頭残らず首を斬られて死体にと報じている。


 中にはとてつもない破壊に遭った遺体もあったらしく、詳細は電子網ネットの記事に投稿があるらしいのでレィオは端末をだして繫いでみる。遺体の詳細どころか無加工画像まで。


 どこの節操なしのド阿呆だよ、と思うが今はひとつでも多く情報が欲しいので実際の無加工画像があるのはありがたい。見た感じ腹を裂かれ手足の細かな部分まで解体されているように見えた。臓器にまで破壊、というか解体の魔手は及んでいて正直吐きそう。


 どうして、死んだ? なんで殺された? だが、レィオに思い当たるものなんてひとつっきゃない。殺された理由で最も思い当たるのなんてあのだけだ。


「なにか、知っているんだね? 教えてく」


「……。いやダメだ。お前を巻き込めない」


「僕を、巻き込む? なぜ、そう思うの?」


「それは、あの、お前はこんなこと知らなくていいと思うからだ。環境保全のメンバーかなんかには重すぎる事情が絡んでやがる。こいつは俺がバックアップされた情報だ」


「それって、どういうこと?」


 しまった。思わず、ライルの今にも飛びだして犯人を炙りだして処刑にかけそうな雰囲気のある金色に圧されて口が滑った。バックアップだのといえばそれは機密情報だ。


 秘密裏にどこかへ運ばれる筈だった情報だとライルほどの秀才が知るのは容易い。


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