街をさまよい
2
公開処刑の現場を抜け出し、一町区画ほど駆け抜けて、バッシュは足を止めた。
大聖堂前の広場に、市が立っている。久々の好天のためか、人出は多い。ここならば、人ごみにまぎれることができそうだ。
昼をだいぶん過ぎたため、屋台はどこも帰り支度で、美味しそうな残り香だけを無責任に振りまいている。
食べ損ねた料理を思い出し、バッシュの腹がぐうと鳴った。
空腹と酔いでめまいがする。力が入らず、思わず広場の縁石に座り込んだとき、目の前に人影が立った。
「何だか、いつもお腹をすかせていますね、貴方は」
――ルゥルだ。頭の角も隠さず、堂々と市の賑わいの中に立っている。
その通りだと思ったので、バッシュは苦笑いになった。
「子どもの頃からね。そういう月の下に生まれたのかな?」
「月占いですか。人間はよくそういう言い回しをしますね――はむっ」
手に持った串焼き――たぶん毛長牛マソンの塩焼き――にかじりつき、咀嚼する。隙のない美貌からは想像しにくい、やんちゃな食べ方だ。
可愛らしいやら羨ましいやらで、バッシュの情緒がちょっと乱れる。
「――いいもの食べてんじゃん。屋台、どこ?」
「これが最後の一本だそうです」
「ぐぬ……!」
屋台は駄目だ。バッシュは立ち上がり、ほかを当たることにした。
「どちらへ?」
「通りの向こうに、ポルタ豆の問屋があってさ」
ポルタ豆はエクラ麦と並び、アフランサ人の主食と言っていい作物だ。
えぐみが少なく淡白な味で、主な調理法は『煮て、潰す』。
塩を振ってもよし、からしと和えてもよし。肉や野菜の切れ端と混ぜてもよし。蜜と混ぜ、ていねいに裏ごしすれば、焼き菓子の餡にもなる。
「店頭で惣菜も出してんだよね。うすーくのばして素揚げにしたやつとか、メルマウに挟んだやつとか。おすすめは麦粉をつけて揚げたやつ。表面さっくりで、中ほっくほく! 秘伝のつけだれがまた香ばしくて」
揚げたてが一番だが、冷めても美味い。そのため、作り置いたものがあるはずだ。
バッシュの説明を聞き、ルゥルの目がきらりと光った。
「なるほど、あの暴力的な油の匂いはそれですか。その食べ物でしたら、わたくしも先日から目をつけていました」
「一緒に来る? じゃ、行こう」
「それは賛成いたしかねます」
「――何で?」
「わたくしは先ほど鉄板焼きのお昼をいただいたばかりで――このように間食もしましたから、既に満腹なんです」
「……俺だけ食えばよくない?」
ルゥルはわざとらしくのけぞり、心底驚いた、という顔をした。
「まあ! バッシュ様は連れの女の前で、一人だけ召し上がるおつもりなんですか? 何とまあ情けのない……やはり人間は野蛮な化外の民――」
「わかった! わかりました! ポルタの衣揚げはまた今度ね!」
「わかっていただけて、嬉しゅうございます。とは言え、いざというとき空腹で動けないというのでは、わたくしが面倒をこうむりそうですし」
さっと空中に手を伸ばす。
ルゥルがその手を引くと、何もないはずの虚空から、小さな包みが飛び出した。
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