修羅場に惑い


 聞き捨てならない。バッシュはたまらず、マウサに食ってかかった。


「こないだ言ったじゃないですか! 俺のわがままを許してくれるって!」

「こ、講和を認めると言ったのよ。結婚はまた別の話よ」

「そんな怪しい契約書みたいな理屈……」

「怪しいのは貴方の理屈よ。結婚しなくたって、和平は実現できるでしょう。あのとき、同じヴィレに乗らないと信用されない――なんて言ってたけど、結婚のどこが同じヴィレなの? 離婚も浮気も、結婚詐欺だって、世の中には腐るほどあるじゃない。魔王を妻にしたって、やっかまれこそすれ、魔族の信用なんて得られないわ」


 ぶんぶんぶんぶん、とアイとエルトが猛烈な勢いで首を上下させた。


「さすがですマウサさん! 尊敬しちゃいます!」

「エルトも目を開かれる思いです!」

「ちょ……二人まで!?」


 これはいけない。よくない流れだ。

 バッシュの焦りをよそに、仲間たちは盛り上がっていく。


 アイが挙手をして、教師に訊ねる生徒のように質問した。


「じゃあ、あの! こないだマウサさんが言ってた『バッシュのお嫁さんになるのは人間の女の子』っていう、あれは……?」

「もちろん有効よ。アイはきっと素敵なお嫁さんになれるわ。――でも」


 マウサはふっと、腹に一物ありそうな笑みを浮かべた。


 アイとエルトを見比べるように、意味深長な目線を交互に送る。


「聖女と勇者の聖婚は、地上でもっとも祝福される結婚なのよね。幼なじみのお姫様か、教団の聖女様か――どっちも素敵で、目移りしちゃうわね?」


 瞬間、アイとエルトのあいだで雷電が弾けた。


 不自然なくらい満面の笑みで、お互いに見つめ合う。


 不意に訪れた沈黙の中、マウサはバッシュに椅子を寄せ、膝をすり寄せてきた。

 卓の下でバッシュのふとももに手をのばす。その手を押し返しながら、彼女の手練手管にバッシュは震えた。


 何て腹黒い計略だ……アイとエルトをつぶし合わせるつもりか……!


「……あ~、この前は大変だったよね! あの、フェストゥムの巨人! バッシュってば、二回も瀕死になって!」


 先手を取ったのはアイ。彼女が切り出した話題に、バッシュは衝撃を受ける。

 人の好さには定評のあるアイが、エルトの失点をあげつらおうとしている!


「あ、あのときは本当に……皆さんにご迷惑をおかけして……っ」


 人一倍責任感が強いエルトに、これは酷な仕打ちだ――と思われたが。


「本当に、もう駄目かと思いました。何せ『剣が効かない』相手でしたから。ですが、アイさんが街の人を誘導してくださったおかげで、心置きなく戦えました!」


 バッシュは再び衝撃を受ける。

 純真無垢なエルトが、今たぶん、彼女なりの皮肉を言った!


 やはり、争いは人の心を醜くする。こんな状況を放っておいては、実の姉妹以上に仲のいい、二人の尊い関係性に亀裂が入ってしまう……。


 バッシュは明るく笑って、ほがらかに呼びかけた。


「まあまあ! お祝いの席だからさ! みんな仲良く食事をしよう!」

「ええ~? バッシュったら何言ってるの? わたしたち、普通におしゃべりしてるだけじゃない? ね、エルトちゃん?」

「そうですよ~。旅のあいだだって、わたしたちずっと仲良しでしたのに――あ、マウサ様、お飲み物のお代わり、もらってきますね?」

「ありがとう、エルト。いつも気が利くわね。バッシュも見習いなさい?」


 三人そろってバッシュを見やり、そっくり同じ微笑を浮かべる。


「「「うふふ♡」」」


 バッシュは正直、泣きたくなった。

 もうやだ、この空間。胃がぎゅってなる……。


 これもまた〈勇者の試練〉のひとつなのか。

 バッシュにとって、ただただ辛い時間が、始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る