燕たちの戦い ② 〈偵察機〉

《警告! 前方に機影、11時方向、同高度!》


 切迫した男の声が通信に飛び込んだのは、第2中隊の全機が雲中へ姿を消した直後の事だった。

 パイロット達は報告にあった11時方向、方位に視線を集中させた。全員が眼を細め、まぶしげな表情を浮かべている。


 彼らの眼前に広がるのは、上空の雲海から陽光が降り注ぐ光景だった。雲の下に続く薄暗い空間を斜めに切り裂く光が、鮮烈な明暗差コントラストを描き出している。

 局地的な気圧変化によって、雲海に穿うがたれた穴から太陽光が射し込む気象現象。これを薄明光線はくめいこうせんと呼ぶ者もいるが、ヴォルフ人たちの間では〈天使の梯子はしご〉という名が最も広く知られている。


 冬の日差しを浴びて、氷雪ひょうせつまとった白銀の大地はまばゆい煌めき放っていた。巨大な光の柱に照らし出された場所には、シュヴァルベ隊のパイロット達の目的地である作戦空域が存在している。


 彼らは、これから戦闘が始まるとはにわかには思いがたい情景を前に、黙したまま前方を見つめていた。視線の先には、索敵に慣れていない者には見落としかねない程のがあった。


 再び通信が入る。先程の緊張に満ちた男のそれとは異なり、感情の起伏を感じさせない抑揚よくようを欠いた声。編隊の右翼を担う第二小隊の女性パイロットからだった。


《……こちらツバメ04。前方の機影は敵機にあらず。あれは――コウノトリです》


 光の中に映し出される黒点が拡大していく。向かい合って飛んでいるため、急速にその細部が明らかになる。


 それは、渡り鳥のような印象を持つ偵察機だった。小さく、細い体躯たいくに比べて主翼は異様に長い。翼は胴体の上端に取り付けられており、「こうよく」と呼ばれる典型的構造を成している。


 キャノピーが胴体よりも左右に大きく張り出している事も相まって、優れた視界を有している事は想像にやすい。航空機にとって死角になる下方にも目が届くよう、視認性を優先している設計である事は誰の目にも明らかだった。

 パイプの骨組みの上から布を張る鋼管こうかん羽布張はふばりと呼ばれる工法で組まれている為、全体として角ばった雰囲気がある。


「コウノトリ——FiB-156か」

 戦闘機部隊の先頭を飛ぶツバメ01は、翼を左右に振ってバンク挨拶を送りつつ呟いた。


 離陸距離50m、着陸必要距離20mという驚異的な短距離離着陸S T O L能力を持つこの偵察機は、元々、広大な穀倉地帯で使用される農薬・種子散布機として製造された民用機で、これを軍用に改造した多目的機だった。


 シュヴァルベ隊よりも20mほど高い位置を飛ぶ〈FiB-156〉は、コウノトリの名に相応しい長大な翼を緩やかに振ってバンクを返している。

 

 直後、単機で飛ぶコウノト偵 察 機リとツバメ戦闘機の群れが高度2000mの空ですれ違う。相対速度は時速500kmを上回っていた為、出来事としては一瞬の事であった。

 しかしツバメ01は、偵察機が持つ複座型二人乗り特有の大きなコックピットの中で、敬礼をするパイロットを捉えていた。


 偵察機パイロットとは、〈情報〉という重要な要素を獲得する為に命を掛けている者たちであり、あらゆる兵科から最大限の敬意を払う相手として認知されている。

 明解な理由がある。それは、戦場に最初に突入していくのは戦闘部隊ではなく、彼ら偵察機パイロット達だからだ。


 誰よりも先に危険な空を飛び、後続部隊や本隊のために情報をもたらす。それが、航空偵察部隊というものだった。


 ツバメ01は機内でひじを小さくたたみ、勇敢な彼らに敬礼を送った。

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