最終話 ただよいさまよい流れる
その日の夜、小春とジョニイはお揃いのパジャマを着ていた。いつの日か、デート中に買った白と水色のストライプ柄で、薄手の柔らかな綿生地。
「じゃーん!」
小春は一つ目のプレゼントを高々と掲げる。
「何ですかっ?何ですかっ?」
ジョニイは目をキラキラさせて包みを開ける。クリスマスプレゼントを見つけた子供みたいだった。
「シャワージェルよ。綺麗な色でしょう」
赤に近いオレンジ色をした透明の液体は、ひょうたんみたいな瓶に入っていた。ジョニイは「綺麗ですね……」と明りに透かして見たり、液体を左右に揺らしてみたりして遊んだ。
「貸して、いい香りよ」
小春は瓶の蓋を開け、香りを嗅ぐ。爽やかでほんの少し甘い、ピンクグレープフルーツとベルガモットの香りだった。
ジョニイはくんくん嗅いで、「好きです。僕、こういう香り。いつだったか、小春さんと夏みかんを食べましたね」と言った。
その後も、小春のプレゼント攻撃は続く。お揃いのマグカップに、ぽっちゃりとした形で短い足のグラス、お揃いのグラタン皿、色違いのお箸。
「小春ちゃん、ありがとうございます。でも、食器が多いですね」
ジョニイはひとつひとつ大切そうに包みを開け、頬を高揚させて言う。
「そうよ。これからずーっと一緒にご飯を食べて生きていくんだから」
ジョニイの笑顔を見て、たっぷり満足した小春は答える。
小さなダイニングテーブルに座り、きれいに洗った新しいグラスに、ぽってりとしたシロップを落とす。ジョニイが作った、ピンク色のジンジャーシロップ。最後の二杯分。
はじける炭酸水をシュワシュワと注いでいく。長い銀色のスプーンでゆっくりと混ぜると、淡いピンクのジンジャエールができる。
二人は向かい合って、「乾杯」と言って笑う。
「新しく作らなきゃですね!今度は新生姜じゃないからピンク色でなくなりますけど、いいですか?」
ジョニイは自分のジンジャエールを飲みながら聞く。
「うん。……ねえ、ジョニイ目つぶって」
小春は唐突に言った。
「えっ?なぜですか?キスですか!?やったぁ!」
ジョニイは頬をぱっと桜色にして、嬉しそうに笑って言う。
「いいから……、黙って目つぶって」
小春はこの時、「あ、ジョニイちょっと変わったな……」と思った。でも凄く可愛らしかったので、良しとした。
小春はオフホワイトの、ベルベット生地に包まれた箱を取り出した。
ジョニイが心なしか唇を緊張させていたので、その箱を唇にちょこんと当ててやった。
彼は相変わらず惚れ惚れするほどの美しい瞳を丸くさせ、その箱を受け取った。
「開けてみて」
小春はテーブルに頬杖をついて微笑む。
「結婚しましょう」
ジョニイが箱を開けて、リングと小春を交互に見る。口をパクパクしている。
「って言っても、事実婚だけどね」
小春がそう言って笑うと、ジョニイは声を上げて泣いた。
「ごはるぢゃんは、ぼ、ぼぐが守ります」
美しい顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら、とぎれとぎれにそう言った。
プレゼントタイムが終わり、すっかり遅くなったので二人は寝る準備をする。
銀色に輝く指輪をしっかりと薬指につけ、満面の笑みの男は声高々に宣言した。
「小春ちゃん!僕はセックスがしたいです!」
その言葉を聞いて、「エース君が言ってたことは、本当だったんだな……」とか、そんなことを思い出した。
突然のセックスがしたい発言よりも、欲深くなったジョニイが新鮮で、小春は「へえ……、ふうん……」と、なんとも歯切れの悪い返事をした。
小春の生返事に、いかにも遺憾だと言わんばかりに立ち上がり、ジョニイは熱弁する。
「何です?生殖器が付いていないのに何言ってんだ、と思っているんでしょう?でも、そんな心配は不要です!僕には完璧な知識があり、どんな男も敵わない卓越した技術を持っているんですから!出し入れするだけが快感ではありませんからね!大事なことは深い愛情、相手を想う気持ち、そして適切な筋肉の収縮です!」
小春はこの時、「あ、ジョニイやっぱり変わったわ……」と思った。ちっとも構わない変化だけれど。
「わかった。じゃあ、お尻見せてよ」
小春が突然そう言って、ジョニイは真っ赤になった。
「な、なんでです……?」
とたんに照れたジョニイに笑ってしまった。本当に人間みたいだと思った。小春はそれが嬉しかった。
「だって、ずーっとジョニイの裸の後ろ姿が見たかったの。特にお尻よ!」
小春はジョニイのパジャマのズボンに手をかける。ジョニイは必死でズボンを上にあげ、「パンツもつかんでます!パンツもつかんでますから!」と逃げ惑った。「あたりまえでしょう!お尻が見たいんだから!」小春は笑いながら追いかける。ジョニイも小春も、ぎゃあぎゃあ言いながら追いかけっこをして、バカみたいにたくさん笑った。
「ねぇ、ジョニイ、セックスはいいけど、充電しなくていいの?」
笑い疲れて、息を切らしながら、小春は尋ねた。
「あっ……」
ジョニイは何ともすっとんきょうな声を出して、「そうかぁ……」と肩を落とした。
小春はそれがおかしくて、ケラケラ笑う。
「ねぇ、セックスだけじゃないと思うのよ。愛情表現の仕方ってやつは」
二人はその夜、お揃いのパジャマを脱いで、裸になって抱き合って眠った。
「小春さんの体温、僕はとても好きです。ちょっと冷たい足元も」
ジョニイはベッドの中で嬉しそうに話した。
「私もジョニイの香りが大好きよ」
小春は彼の胸に顔をうずめる。清潔で安心する石鹸の匂い。
「でも、僕はどうしてもセックスがしてみたいです!」
ジョニイが力強く言ったので、小春は「明日ね」と言う。ジョニイはそれを聞いて嬉しそうに微笑んだ。よっぽど自信があるのだろう。
「ねぇ、ジョニイあれして、あの、悪夢を見なくなるやつ」
暗闇の中で美しく輝く、愛おしい男の瞳を見ながら、小春はお願いした。
「もちろん!キスもしていいですか?」
ジョニイは頬を染め、くしゃくしゃの笑顔で子供みたいに笑った。
二人は久しぶりのキスをして、彼は小春の鼻に自分の鼻を優しく添わせる。目を閉じて、ゆっくりと左右に動かす。彼が離れていく前にもう一度、小春はジョニイにキスをする。彼の柔らかな下唇をほんの少し噛んで、小さく吸った。
とても幸福な夜、小春は夢をみた。
大きな木に茂る青葉が、風に吹かれてふうわりと舞った。
やがて青葉は川に抱かれた。
川の中を、青葉が一枚、心細くさまよう。
そうしたら、たんぽぽの綿毛が話しかけてきた。
だけど青葉は、川に転がる石につまずいた。
綿毛はその石のすぐそばに、根を張った。
川の流れが強くなって、青葉は石の上を流れた。
また寂しくさまよっていたら、桜の花びらが落ちてきた。
青葉と桜が川をただよう。
いつの間にか、紅葉やイチョウ、枯葉や若葉も集まってきた。
青葉はみんなと川を泳いだ。
青葉はただよい、さまよい、流れながら考える。
もしかしたら、この先は滝かもしれない。
もしかしたら、明日は大雨かもしれない。
青葉は思う。
それもまた、味わい深いことだろう。
それを越えていったらまた、心地よい流れが待っていよう。
目を覚ますと、愛おしい人がにっこりと微笑んだ。
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