第28話 彼女の変化
その日の夜は、豪雨だった。
滝のように打ちつける雨粒や、荒々しい濁流。雷鳴のどよめき。稲光と雨水の匂い。
仕事を済ませ、逃げるように帰路につく。その途中、小春はシュークリームを買った。
いつだったか、ジョニイがおいしいと言っていたお店のもので、びしょ濡れのまま頑張って20分も並んだ。
でも、アパートの灯りはついていなかった。
チャイムを鳴らしてもジョニイは出てこなくて、久しぶりに自分の鍵でドアを開けた。
暗闇の中で、彼は横たわっていた。
最初は充電しているのだ、と思った。
彼の頭には、充電用のマットが敷かれていたから。
けれど彼は返事をしない。
何度呼んでも、電気をつけても、雷が鳴っても、ジョニイは動かなかった。
彼の頬に触れると、まるで金属みたいに冷たくなっていた。
小春の血の気が引いていく。
肺と心臓に穴が空いたと思った。
呼吸がうまくできなくて、耳鳴りがうるさくて、くらくらした。
慌てて電源コードを確認する。
けれど、マットとケーブルはきちんと接続されていて、コンセントにも正しく繋がっている。当たり前のように、マットは充電中の赤いランプを灯していた。
はぁはぁ、とか、あぁあぁ、とか、呼吸が整わないまま、ジョニイの首のカバーを外す。
小春の手は震えていた。
直接ケーブルを首に突き刺しても、音がしない。いつもピロンとか、間抜けな音がするのに。機械音も鳴らない。
小春はもう、ぜえぜえ言いながらジョニイの胸に耳を当てる。
何も聞こえない。
だってアンドロイドだもの。
ジョニイを呼んだけど、声が出なかった。
いよいよ苦しくなって、呼吸を整えようとしたら、
よろよろと立ち上がってなんとかキッチンにたどり着き、小春は嘔吐した。
朝食のお粥なんかすっかり消化されていて、胃の中は空っぽだった。
夕方に飲んだ真っ黒なコーヒーと、胃液だけを吐いた。
濡れ鼠みたいに惨めな姿で、雨水と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、小春は声を上げて泣いた。
死んでしまった親友の、寂しげで、優しい笑顔が浮かんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます