第23話 電話


 神楽さんの会社は、とてつもなく頑丈で高いビルの中にあった。

 オフィスは広々としていて見晴らしもよく、ずっしりとした絨毯が部屋の隅々にまで敷かれている。



 小春が一番驚いたのはデスクだ。

 社員一人一人のデスクがいちいち大きくて、黄色や緑、青色やオレンジなど、カラフルで面白い。

 ついでにきちんとした衝立ついたてがあって、飛行機のビジネスクラスみたいだと思った(一度も乗ったことはないけれど)。



「小春ちゃん、今日もお弁当?」


 仲良くなった同僚の女性が尋ねる。


「はい、お弁当です」


 小春は答える。感じよくにっこりと微笑んで。


 同じ事務の仕事をする同僚も、先輩もみんな優しかった。アルバイトの小春にも親切にしてくれる。

 同じフロアにいる上司も、穏やかな中年の女性でしょっちゅうお菓子をくれた。


「いいなぁ、料理上手で」


 先輩の男性がお弁当を覗く。


「いやぁ……」


 まさか恋人のアンドロイドが作りました、とは言えないので、小春は曖昧な返事をする。


 ランチに出かける人々を笑顔で見送り、お気に入りのマグカップ(ジョニイとお揃いで、いつだったか近所の小さな陶器市で買った)を大切に抱える。

 お茶を淹れに席を立ったとき、小春の携帯電話が鳴った。



「もしもし小春〜?」


 懐かしい声が聞こえる。


「美保ちゃん!」


 電話の主は、清掃員として働いていた時の同僚、美保だった。

 彼女とは、ロッカーを空っぽにするためだけに出社して以来、一度も会っていない。


「元気にしてるのー?まったく!全然連絡くれないんだから!」


 美保は相変わらず、はきはきと話す。気が強い女性なのだ。


「ごめんごめん!」


 小春は懐かしく思った。

 清掃の仕事や薄暗いロッカールーム、気に入っていたエプロン、ジョニイの生まれた場所。


「小春はまだフラフラしてるの〜?あたしは仕事見つけたわよー。だってさぁ!あのアンドロイド、100万にもならなかったのよ!小春はいくらで売れた?」


 美保に聞かれ、小春は言葉に詰まった。



「ええ……、あの、実は一緒に暮らしてるの」



 言ってしまった。でもなんだか、隠すのも変な気がした。



「ふうん、あんたってばやっぱ変わってるわね。ねぇ今度さぁ、また飲みにでも行こうよ」


 美保は明るい声で言う。


 小春はとても嬉しかった。

 人々は自分の過剰な心配をよそに、案外あっさりと受け入れてくれる。もしくは関心すらよこさない。

 それはとてもありがたいことだった。

 ジョニイへの愛情を、こぼさないように大切に大切に、誰にも邪魔されることなく、ひっそりと育てたかったから。



 電話を切って、小春はうんと背伸びをする。

 下の階が見渡せる広々とした廊下から、幸せな気持ちでオフィスに戻った。



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