第17話 小春ちゃんとジョニイちゃんと新宿


「ねぇ……本当にそんな集まり、行くつもりなの?」


 小春はダイニングテーブルの椅子を引っ張ってきて、背もたれに顎をのせて座る。小さなPCデスクには、ジョニイが堂々と陣取っていた。


「はい。SNSやネット上の掲示板などは、簡単に友人が作れるというデータがあります」


 ジョニイはそう言い、慣れた様子でノートPCを使いこなす。


「でも、危ないんじゃない?」


 小春は退屈そうに窓の外に顔を向ける。もう少しで日が暮れそうだ。


「大丈夫です。私は持ち主を守るため、警護に関する幅広いデータとスキルを所有しています」


 ふうん、と言いながら、小春はモニターに目を移す。


「あ、ねぇ、それなぁに?その、ハートがいっぱいあるアイコン」


 なんとなく目についたアイコンを指さす。


「なんでしょう?A lot of love、たくさんの愛、というグループみたいですね」


 そう言いながら、ジョニイは詳細をクリックし、そのページを見た小春は仰天した。


「ああ、スワッピング相手を募集しているようですね」


 ジョニイはとても機械的に、当然のことのように言う。


「スワッ……!ジョニイちゃん!?」


 小春は思わず叫んだ。ついこの前までゾンビや雷を怖がっていた可愛い息子の口から、とんでもないことを聞いた気分だった。


「性行為を行うパートナーを交換することですよ。こちらの方は夫婦みたいですね。パーティーがしたいそうです。らんこ……」


「ジョニイちゃん!!」


 話の途中で小春は絶叫した。

 同時に、世の中の母親すべてに同情した。「なぜ?なに?どうして?」といつだって尋ねてきた可愛い息子が、知らぬ間に要らぬ知識を増やしているのだから。ジョニイの場合は最初からデータとして入れられてるだろうけど。



「なんかいいですね、それ」


 ジョニイは掲示板をスクロールしながら、ぽつりと言った。


「えっ!?何が!?」


 慌てて小春が尋ねると、どうやら敬称のことらしい。


「ジョニイちゃん、と呼ばれるのも良いですね。私も小春ちゃんと呼んでみたいです」


 モニターを向いたまま、ジョニイは言う。


「別にいいわよ、そのくらい」


 小春が言うと、彼はモニターを見たまま小さな声で呟いた。


「小春ちゃん……」


 肩を上げながら照れくさそうに微笑み、小春の方を向いて首をかしげる。


「なんだか、頭の中が温かいです」


 おそらく胸が温かくなる、みたいなもんだろう、と小春は思った。




「あ、これなんてどうです?」


 小春はすっかり退屈して、ソファーに寝転んでぼんやりしている。ジョニイは相変わらずモニターに集中したまま続けた。


「アンドロイドが恋人、友人、家族、その他なんでも。大切なアンドロイドを持つあなた、同じ気持ちの仲間を作りませんか?当日は必ずアンドロイドと一緒にご参加ください。参加したい方はこちらまでメールを」


「恋人がアンドロイドって人、やっぱりいるのねぇ」


 小春は立ち上がり、再び椅子に腰掛ける。


「メールしてみましょうか」


 ジョニイがあまりにも嬉しそうに言うので、小春は「うん、いいよ」としか言えなかった。もしかしたら、ジョニイにもアンドロイドの友達ができるかもしれない。でもそれはなんだか少し、寂しいと思った。





 集合時間は19時で、場所は新宿だった。

 夜はまだ肌寒いので、ジョニイは白いシャツの上に黒いパーカーを羽織る。小春はお気に入りのワンピース、そして黒いカーディガン。


 二人はバスに揺られて駅まで行き、電車を乗り継いで新宿に向かう。

 新宿に近づけば近づくほど、人々のアンドロイドと若い(ついでに貧困層の)女への関心は薄れていく。


 小春は都会の、そういう距離感がとても好きだった。


 人々は個々の目的に向かって流れるように進んでいく。寂しさと安心感のバランスがちょうどいい。

 だけど住むには少し、早すぎる。もう少し人の流れが穏やかでないと、小春は足を引っかけて転んで色んなものにぶつかって、ポケットの中の大事なものを全部失くすだろう。




「さあ、行くわよ」


 電車を降りて、小春はジョニイの手をつかんだ。しっかりと手を繋いで、ずんずんと進んでいく。



 上京したばかりの頃、小春は新宿駅で迷いに迷った。もう二度と家には帰れない、と泣きそうになったこともある。

 それに比べて、小夜子は勇敢だった。

 彼女は不思議とすいすい道を見つけて、いつもちっとも迷わなかった。だから新宿には小夜子としか行かなかった。小夜子が死んで、小春はたったの一度も新宿には来ていない。



 しかし今日は、電車にすら初めて乗ったような男と、この広大な迷路に来ている。

 小春は気合いを入れて挑んだ。




「小春ちゃん、そっちではないと思いますよ」

「小春ちゃん、こっちです」

「そこは違うと思います」




 結局、電車にすら初めて乗ったような男が小春の手を引っ張っていた。



「ここですね」


 新宿駅を抜け、歌舞伎町を通って、いくつかの道を曲がり、指定されたお店に無事到着した。


「あの……僕には一応、世界地図のデータも日本地図のデータも、国内全ての路線図も、その、色々とインプットされていますから……」


 ジョニイは苦笑いしながら言う。


「ありがとう……」


 小春は正直安心した。やはり地図の読める男は頼りになる。ジョニイの場合、もうほとんどナビだけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る