第2章 入学編
プロローグ ルイズ・アージェント
新世界現象対策委員会。
東京都心にあるオフィスビルに本部を置くこの組織は、新世界現象全般への対策を請け負う国家機構だ。
クリスマスがあった昨日、省庁への参入が決定されたばかりで、今最も勢いのある組織である。
そんな対策委員会本部の上層階にある、本部長室と書かれた一室で。
中央に机を挟んで向かい合うソファーに、二人の男女が腰掛けていた。
男の方は、
そして女の方は、腰の辺りまで伸びる豪奢な赤髪と、美術モデルのように美しい肢体を持った女性。
女性は、机の上にある湯気の立ち昇ったコーヒーを一口含むと、感心したような色を紅蓮の双眸に浮かべる。
「……美味いじゃないか」
低めのアルトで発せられたのは、短いが彼女にとって最大級の賛辞。
機嫌を良くしたのか、女性は続ける。
「際立つのは苦みだ。先日の会席時に口にした好みを聞き分け、焙煎時間を調整したのだな? やるじゃないか、ヒロシ殿?」
そう言って、面白そうな笑みを浮かべる女性。
博司はそんな彼女の言葉に頷きを返すと、口を開く。
「これくらいのもてなしは当然だ。ルイズ殿は我々にとって、大変貴重な存在だからな」
「そうだな」
博司の言葉に当然であるかのように、ルイズと呼ばれた女性は振る舞う。
存在だけで相手を萎縮させる博司の前でも、超然とした態度は崩さない。
博司も特に言及することなく話を進める。
「……今日、ルイズ殿を呼んだのは頼みがあったからだ」
ルイズと呼ばれた女性の瞳に、興味の光が宿る。
「頼み、か……今の私の貢献だけでは不満かね?」
博司は首を振る。
「いいや。ルイズ殿の活躍は十分すぎるほどの成果を我が国にもたらしている。感謝こそすれ不満を抱くことなどありはしない」
「だろうね。私は私の実力を正当に評価してくれる君たちを誇りに思うよ」
そう言ってルイズは肩を竦めると、コーヒーを口に含む。
ほうっと、艶のあるため息を一つ吐き、続けた。
「……それは、私の気を引けるほどのモノなのかい?」
ルイズは試すような視線を博司へ向ける。
その視線を博司は真正面から受け止めて、言う。
「気を引けるかどうかは分からないが……これを見てくれ」
博司はどこからともなく紙の束を取り出すと、ルイズへ向けて差し出した。
「これは? 非常に高度な建築物だということは分かるが……」
ルイズの言うように、その紙には高層建築物や、それに迫るほどのホールがいくつも並んだ写真が描かれていた。
博司は説明する。
「これは、新世代育成高校のパンフレットだ」
「新世代育成高校……確か、この日本が来年から設立するという少年少女の学び舎か……それがどうかしたのか?」
要領を得ないといった様子でルイズは聞き返す。
「この学校に、ルイズ殿と同郷の少女が入学する」
「なに……?」
博司の言葉に真偽を確かめるような視線を向けたルイズは、ややあって、ため息を吐いた。
「……驚いた。日本で私以外に見つかっていたとはな……その少女はいつ発見されたんだ?」
ルイズの問いに、思い出すように博司は目を瞑り、そして答える。
「5ヶ月前、7月28日だ。ルイズ殿がこちらへやって来たのが7月7日なのでちょうど三週間後になる。日本ではルイズ殿に続き二人目だ」
「……その少女は、一人で三週間以上もダンジョンで過ごしたというのか?」
驚愕の表情を浮かべたルイズに、博司は静かに頷く。
「そう。それもCランクダンジョンでだ」
12月26日現在、世界で最も強いと言われる自衛官の精鋭らが、ようやくEランクダンジョンの上層を突破したばかりだということを考えれば、これは凄まじいことだ。
そのことを知っているルイズは、唖然とする。
「……俄かには信じられんが……ヒロシ殿が言うのなら事実なのだろう」
新世代育成高校は名前の通り高校。
ということは、そこへ入学する少女の年齢は精々15。
たった15そこらの少女に可能な芸当だとルイズには思えなかったが、博司が言うなら信用できる。
この世界、つまり日本に来てすぐにルイズの戸籍を作成し、彼女が馴染めるように生活の補助人まで手配したのは全て博司の手によるものだ。
打算があっても、いやあるからこそ信用できた。
それ以前に、今ここで嘘をつく意味がないというのも大きいが。
「……分かった、確かに私の気を引く案件だ。詳しい話を聞かせてくれ」
そう言って話の続きを促すルイズに了解の意を示した博司は、詳細を語り始める。
頼みの内容は、ルイズにとってそれほど難しいものではなかった。
要約するとこうだ。
5ヶ月ほど前に異世界からやって来た少女――シェリルが、新世代育成高校東京校に入学する。
そこで、魔法の教師をしながらシェリルを万が一から守って欲しい。
その際、シェリルとの接触は自由。また、正体を誰に明かすのも自由だ。
他に校長と教頭、そしてシェリルの担任と副担任のみ、ルイズとシェリルの正体を通知することになる。
「――以上が今回の概要となる。引き受けて貰えるだろうか」
言い終えた博司は、ルイズへ目を向ける。
考え込むように視線を下げていたルイズは、少し経って顔を上げた。
「引き受けよう」
その回答に、博司は心の内で安堵の息を吐いたのだった。
◆◆◆
ルイズ・アージェント。
別名、紅蓮の魔女。
それが、彼女を示す異世界での通り名だった。
名前の由来はその特徴的な容姿もあるが、本当の理由は別にある。
それは、彼女が使用する炎の魔法にあった。
ルイズの魔法は、固定化した汎用魔法を使用する異世界においては珍しい、
自ら編み出したというこの魔法は、常軌を逸した威力と破壊力を有し、世界中から恐れられた。
ゆえに危険視され、魔女という蔑称とともに祖国を放逐されたのである。
これが、ルイズが30歳の頃の話だ。
以後、辺境の地を住処に研究に没頭する日々が続いた。
そして半世紀以上が経過し、ルイズの年齢は80を超える。
だが見た目は20だと言われても、誰も疑わないほどには若々しい。
その理由は、ルイズが生まれ持ったある性質が原因である。
「魔人の血族か」
ルイズを送り届けた後、自身の仕事部屋で手配を進めていた博司は、何気なくそう呟く。
魔人とは、魔石という核を持った、人間とは明確に異なる特殊な人種だ。
生まれつき魔力量が多く、そして彼らは総じて長命であるという。
原因は、心臓付近に存在する魔石で間違いないのだが、現在の最先端技術をもってしても、それ以上は分からなかった。
ルイズが魔人の血族であることを知らされているのは、ルイズの存在を知っている者の中でもごくわずかだ。
「シェリルの体内に魔石などは発見されていない。しかし生まれつき魔力は多かったと聞いている」
シェリルについて、異種族であるという可能性はまだ残っているが、それはルイズとシェリルが出会うまで分からないだろう。
疑問を先延ばしにするのは憂鬱だが、あいにくとやるべきことは山ほどある。
博司は憂さ晴らしとばかりに、目の前にある書類の山を片付けてゆくのだった。
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