第8話 幸運と極意
装備を目当てにマイムニュートを倒すこと四日。
ブレードフィッシュの切り身も残りわずかとなった中、シェリルは今日、新たな挑戦を始めることにした。
それは、マイムニュートとの正面戦闘である。
なぜそんなことをしようと思ったのか。
理由は三つある。
一つ目は、ブレードフィッシュのときに比べ、はるかに効率が悪かったこと。
それもそのはず。シェリルが狙うのは孤立しているマイムニュートだけ。
そんな都合の良い存在がそう何匹もいるはずがなく、一度の狩りで3匹、一日15匹狩るのが限界だった。むしろそれだけ狩ることのできるシェリルを褒めるべきだろう。
二つ目は、ブレードフィッシュの切り身が残り少ないこと。
エピックドロップ狙いで狩り続けていたときは、自分で食べるものを除いて全て捨てていたので、最初から数にそこまで余裕が無かったのだ。
そして三つ目。
「さっきのレベルアップでレベルが25になった。早すぎる……やっぱり格上だとレベルが上がりやすい……?」
シェリルの言うように、たった四日でレベルが10も上がっていた。
これは異常なペースだ。
ダンジョンに囚われるまでの14年の間にシェリルが培ってきたレベルがたったの5であることから、この成長速度がどれほど凄まじいかを物語っている。
そんなスピードで急成長したシェリルは、そろそろ正面戦闘をしても勝てると踏んでいた。これが三つ目の理由だ。
無論、正面戦闘といっても群れに挑むわけではない。
今まで通り、徹底して孤立している者を狙う。
マイムニュートと戦うにあたって注意すべきは、鈍重そうな見た目に反したスピードと斬撃への耐性だ。
その素早さは罠を使った狩りで何度も目撃しているため、問題は斬撃への耐性にある。
マイムニュートは特殊な皮膚に覆われており、斬撃がとにかく効きづらい。
そのためフィッシュサーベルは牽制程度にしか使えず、有効打が『ブリッツショット』しかないという状態だ。
「それは最初から分かっていたことだから問題ないけど」
マイムニュートが素早いとはいえ、レベルアップで動きは追えるようになった。
なので攻撃を受け流すことはなんとかできそうだ。
攻撃を受け流すことで隙を作り、『ブリッツショット』を叩きこむことができればこちらの勝ちである。
シェリルは何度か戦闘をイメージしながら、対マイムニュートに備えるのだった。
◆◆◆
やって来たのは川。
いい加減、この光景を見るのも飽きてた頃だ。
マイムニュートとの正面戦闘に勝てるようになれば、エピック装備は格段に狙いやすくなる。
そして装備を入手することができれば、本格的に探索を始められるのだ。
ダンジョン脱出が、少しずつ近づいてきているのを感じる。
シェリルはこれまで通り群れが休憩する場所から離れた岩場の陰に移動すると、マイムニュートが現れるのを待つ。
正面戦闘とはいえ、馬鹿正直に真正面から構えるほどシェリルは愚かではない。
先制攻撃は当然いただく。
しばらく待っていると、岩陰から這うように1匹のマイムニュートが現れた。
その姿を捉えると、シェリルはすぐさま先制攻撃を仕掛ける。
腕に巻いた『ブリッツショット』の布に魔力を流し、詠唱譜を唱える。
「『ブリッツショット』!」
言葉とともに、紫の稲妻がマイムニュートへと襲い掛かる。
目では追えないほどの速度で飛翔するそれは、到底避けられないように思われた。
だが寸前で詠唱に気付いていたマイムニュートは、咄嗟に横へと飛び
『ギュイイッ!』
わずかに間に合わず尻尾の先へと命中し、悲鳴を発した。
肉が焦げ付くような臭いが辺りを漂う。
『ギュガアアアアアアアア――ッ!』
自分の尻尾の惨状を確認したマイムニュートは、憤怒の咆哮を上げて、シェリルへと飛び掛かる。
距離はわずか数メートル。
開かれた大口が、シェリルに迫る。
しかし、その嚙みつきが命中することは無かった。
「やああっ!」
まるでその突進攻撃を読んでいたかのように寸前で回避すると、そのまま側面へと回り込み、柄の部分でマイムニュートの顔を殴打した。
『ギュブゥッ!?」
くぐもったような悲鳴を上げて、マイムニュートは暴れる。
それを一歩離れて回避したシェリルは、右腕をマイムニュートに向けて狙いを定めると、とどめの魔法を放つ。
「――『ブリッツショット』!」
放たれた紫電の稲妻が、寸分違わずマイムニュートの腹へ命中する。
『ギュイイイイイイイイイィィィ――!?』
驚いたような悲鳴を上げてマイムニュートは倒れ伏すと、寸刻で光に変わった。
後には魔石だけが残される。
「――ふう、勝てた……ドロップは渋いけど」
緊張を解き息をつくと、マイムニュートの落とした水色の魔石を拾う。
今までになく苦労したが、苦労したとはいえドロップ品が入手できるとは限らないのだ。
シェリルは額についた汗を払いながら川へ近付き、水を両手に掬って飲んだ。
そんな風に、すっかり休憩モードへ入っていたシェリルは、周囲の違和感に気付くのに少しだけ遅れる。
その隙が致命的なものになってしまうということを、この一瞬だけ忘れていた。
「この調子なら、なんとかなりそう……え?」
気づけば岩場の入り口を、マイムニュートの群れが囲んでいたのだ。
数は4匹。
1匹でも苦労するというのに、4匹同時などどう考えても無謀だ。
「油断した……っ!」
そう。
あの瞬間、間違いなくシェリルは油断していた。
あれだけ大きな音を立てて戦っていたのだ。
いくら視界内にいないとはいえ、警戒心の高いマイムニュートらが、それに気付かぬはずはない。
まして、同族のものと思われる悲鳴を聞けば、なおのことである。
「っく、『ブリッツショット』!」
シェリルは深く考える前に、先制しようと魔法を放つ。
それを、マイムニュートの群れは散開することで、簡単に回避してみせた。
(狙いが定まらない……!)
内心で焦りの声を上げる。
(目的を決めないと……! 逃げる? 戦う――っ!?)
問答の余地を与えないと言わんばかりに、マイムニュートの群れが、4匹同時に飛び掛かってきた。
それを、大きく横へ飛び退き回避する。
タイミングはギリギリだった。
(逃げられない、やるしかない!)
今の攻防でそれを悟った。
基礎能力は全てマイムニュートの方が上。振り切ることは不可能に近い。
その上、マイムニュートの体躯はシェリルの拠点である横穴への侵入を可能とする。
どこにも逃げ場は無かった。
(一番端! あいつからやる――)
水辺を右、岩場の入り口を左にして、マイムニュートらと正対する。
狙うは、右端のリーダー格。
先ほどの同時突進は、あのリーダー格が先導していたのをシェリルは確認していた。
「――『ブリッツショット』」
一瞬の睨み合いを経て先制したのはまたもシェリル。
マイムニュート達は、シェリルの出方をうかがう方針のようだった。
そんな彼らに目に物見せてやると言わんばかりに、シェリルの掌から『ブリッツショット』が放たれた。
音を立てて放たれた稲妻は、真っ直ぐに右端にいたリーダー格のマイムニュートへ直進し、回避しようと飛び退る後ろ足に直撃する。
『ギュガッ!?』
リーダー格のマイムニュートは激怒と苦痛の混じった叫びを上げると、最初の時とと同じように、仲間とともに一斉に飛び掛かって来る。
(さっきと動きがあまり変わっていない……? もしかして――)
最初に見た時とほとんど変化のない突進攻撃が繰り出され、それを今度は危なげなく回避する。
その攻防で確信する。
(マイムニュートは頭が良くない)
そうと分かれば、この絶望的な状況にも勝ち筋が浮かぶ。
それを実行するために、シェリルは一計を講じた。
一計といっても簡単なものだ。
リーダー格のマイムニュートを怒らせればいい。怒らせることで、単調な同時突進を繰り出させる。
一番ダメなのは、4匹それぞれが好き勝手に攻撃してくることだ。
もしそうなれば、攻撃する間も無くじわじわと追い詰められ、いずれやられる。
それを防ぐために、リーダー格のマイムニュートを狙い続ける必要があった。
やがて、その時は来た。
『ブリッツショット』の回避に集中するあまり指示を出せずにいたマイムニュートが、突如として咆哮を上げる。
それは、怒りが最高潮に達したとのだと一目で分かるほどの、強烈な怒気を帯びていた。
そんな恐ろしい光景を前にしても、シェリルの表情は揺らがない。
ただこの時を待っていたかのように、冷静な闘志がその目に宿っていた。
(これがラストチャンス……絶対に決める!)
魔力を流し魔術刻印を起動させると、布の隙間から青白い燐光が立ちのぼる。
これまでと違うのは、それが両方の腕で発生しているということだ。
(――見極めろ)
昔、たった三日だったが、シェリルの師であった父に言われたこと。
――――
『どれだけ敵が強かろうと、どれだけ絶望的な状況であろうと、攻撃の瞬間だけは必ず見極めろ。攻撃の瞬間ってのは必ず隙が生まれるんだ。その隙を最大限に活かして、強烈な一撃をもってやり返す。シェリルに教えるのは、そんな戦い方だ』
そして父はこう続けた。
『でだ。それをする上で絶対にやってはいけないこと、ってのがある。なんだか分かるか? それはな――』
――――
(――敵の攻撃を恐れて、目を逸らすこと)
だからシェリルは目を逸らさない。
相手が決定的な隙をさらす、その瞬間まで。
『ギュガアアアアアアアアアアアッ!』
目の前で激昂するリーダー格のマイムニュート。
それに触発されて雄叫びを上げる群れを、凪いだ心で見る。
(――まだ、もう少し)
そのとき、リーダー格のマイムニュートと視線が合う。
どこまでも深く相手を見ようとする空色の瞳と、怒りに我を失った真っ赤な目。
先に目を逸らしたのは、マイムニュートだった。
『ギュ、ギュグアアアアアアアアッ!』
怒りとも怯えとも取れるような咆哮を上げ、シェリル目掛けて一斉に突進を開始するマイムニュートの群れ。
迫り来る4つの大口が、シェリルを喰わんと襲い掛かる。
そして。
コンマ数秒の駆け引き。
(――――今ッ!)
シェリルは両腕を群れへ向けて突き出すと、自身のもつ最強の切り札を発動した。
「『ブリッツショット』!
両手から放たれた紫の稲妻が一つになると、雷鳴のような音を轟かせ、マイムニュートの群れに激突する。
攻撃の隙を突いた、完璧なカウンターだ。
『ギュブアアアアアアアアァアァァッ――!?』
シェリルへ突進攻撃を敢行していたマイムニュートらに避ける術はない。
真正面からそれを食らったマイムニュートの群れは、断末魔の叫びを上げて、消え去った。
シェリルは着弾の余波を両腕を覆って耐えると、疲れ切ったように座り込む。
二重発動。
それがシェリルの奥の手だった。
刻印魔法はただの魔法とは違い、任意で同時に発動させることができる。
中でも、同系統の魔法を同時に発動すると、相乗効果で威力や範囲が何倍にも増加することが分かっていた。
そのぶん消費魔力も凄まじいが、だからこその切り札である。
「そうだ、また魔物が寄ってくる前に移動しないと……」
そう言って、ふらつく体を叱咤して立ち上がると、そのまま戦闘跡を確認したシェリルは、驚愕に目を見開く。
そこには、紫と水色の布で包まれたドロップ品があった。
エピックドロップとレアドロップが同時に出現したのである。
「そんなバカな」
いくらなんでも運が良すぎる。
しかしそれでも、目の前にあるドロップ品は本物だった。
「……戻ろう。今日はもう疲れた」
脱力したようにそう溢すと、ドロップ品を大事そうに回収し、拠点へと戻って行った。
※戦闘描写って難しいですね……ちゃんと書けているのか不安になります。
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