第9話 突きつけられた真実

「とりあえずね、どっかで話す?」


 まさひこの提案に、ちりこと慶一郎は頷いた。

 フフッとまさひこは人知れず微笑んでいる。



 三人は大型スーパーのすぐ近くにある和風テイストのファミレスに、歩いて行って入った。

 

 個室があったので、立て込んだ話になりそうな三人にはとても好都合だった。


「いつからなの?」


 ちりこは心で泣きながらも睨みつけ、二人には厳しく毅然とした態度で話をかけた。


「ちりこちゃんには悪いけど、ワタシあなたよりも慶一郎とは長いのよ」

「どういうこと? だって私たち高校の同級生でしょ?」


 ちりこは頼んだアイスコーヒーを一気に飲んだ。

 咳き込む。


「おい、ちりこ大丈夫かよ」

「うるさい」

「あっ。ごめん」


 アホ旦那が心配したって心に響かない。


「 実は中学3年の時にワタシと慶一郎は塾で出会ってたの。単刀直入に言うけどワタシはゲイなのよ」


「俺は昔から本当はさ、男も女も好きなんだ。バイセクシャルっていうんだけどな」


 旦那と友達の告白に、ちりこの胸に衝撃が走る。

 理解してるつもりだった。

 自分は偏見を持つ人間にはなりたくはない。

 けど、ずっと隠されて騙され、裏切られたショックは鋭く大きく抉ってくる。

 マイノリティな人達を否定するわけじゃない。

 身近にいたのに気づかなかった。

 私は慶一郎と対等な関係じゃなかった。

 何も教えてくれなかった。

 あの頃の私なら、打ち明けられてもしっかり慶一郎を受け入れられたと思う。

 だって、大好きだった。

 今は二人はこんなんなっちゃったけど、私は慶一郎を愛していたから。

 夫婦としては壊れてしまったけれど。


「――それって!」

「ちりこと結婚するずうっーと昔からさ、俺とまさひこは付き合ってるんだ」


 ちりこは全身を強張らせグッと両手を握りしめ、耐えるように下を向く。容赦ないその言葉を聞いている。

 ちりこが顔をあげると、まさひこの顔は勝ち誇っていた。

 馬鹿にしたように。


「私は初体験も慶一郎だし」


 まさひこがニヤリと笑いながら言った。


「……俺もまさひこが初めて」


 夫の慶一郎が嬉しそうに告白する。

 目の前のちりこなんて見えていないみたいに。

 二人にちりこへの気遣いなんてカケラも無かった。

 ちりこはパニックになった。


「それって私に言うこと!? なんでそんなことっ! 追い討ちをかけるようなこと言うわけ!」

「……お前が離婚に応じてくれないからさ。事実を言ったまで」

「子供達のために出来るわけないわよ!」

「頼む!」


 慶一郎は上辺だけ頭を下げた。

 コイツのこういう時の小馬鹿にしている態度はわかっている。 

 悪いと思ってなんかいない。

 悪びれた様子を周りにアピールしたって化けの皮の下はせせら笑っている。


「まぁー、ちりこちゃんもただじゃあ離婚できないわよね?」


 まさひこが含みをもたせた不快な笑みを浮かべた。

 そう言われ、ちりこはまさひこの言葉ではたと閃き思いついて切り出す。


「慶一郎、このことをお義母さん知ってるの?」


 ちりこは精一杯凄んだ。

 ちりこは元来こういう駆け引きとか交渉は下手で。

 争うことも苦手だ。

 だけど――!

 だけど、今言わないと不利になると思った。


「母さんは知らないよ。バイセクシャルだなんて知ったら仰天するだろうな。倒れるかも、母さん」

「じゃあ、お義母さんには黙っててあげる。だから子供たちのために家を温存して」

「……ぐうっ。ずるいな、ちりこ」

「ずるい? 何言ってんのよ、裏切り者のくせに!」


「いいじゃない。ワタシが慶一郎の生活の面倒は見るわ。ちりこちゃん側への養育費も住宅ローンもきっちり払ってあげる。それでちゃ〜んと離婚してくれるのなら」

「いいのかよ。杏樹」

「いいのよ。ワタシ高給取りだし。慶一郎とのためにこっちに引っ越してきたしね。きちんとけじめをつけましょ? お互いのために」


 まさひこはニヤリとまた笑った。

 腹が立つ。


「ちりこちゃん。ウフフッ、杏樹ってワタシの新しい名前よ」


 まさひこは自信満々の勝ち誇った笑顔で、ショックを受けているちりこを見た。


「かわいそ。ちりこちゃん、顔面蒼白じゃない」

「まさひこ、私の心配なんてしてないくせに」

「あらやだ、分かっちゃったあ?」


 ちりこには、まさひこの思うようになったのは分かっていた。

 けれど、ちりこは怒りがすうっとなくなるのを感じた。

 とりあえず住む所は確保できた。

 守れた。

 名義は旦那とはいえ住むのは私と子供達で、住宅ローンも旦那側が払う。

 そのうち、名義変更もしてもらう。


 男友達のまさひこは、会わない何年かでアンジュとかいう女になっていた。


 男友達ではなく、私の旦那を奪った女になったのだ。


「まあさ、ちりこ。お前も新しい男でも見つけて付き合えよ。少しは視野が広がって俺みたいなのも理解が出来るかもよ」

「はっ?  冗談じゃない。理解? する必要ないね」


「ふふ。ワタシ慶一郎がちりこちゃんと結婚するって聞いた時すごいショックだったわ。でも」 


 まさひこ=アンジュは、朝っぱらから祝杯かのようにビールをジョッキで美味そうに飲み干した。


「今はすごい幸せ」


 まさひこは慶一郎にしなだれかかって恍惚こうこつの表情を浮かべた。


 ちりこは、めまいがした 。

 なんだこの茶番は!

 まさひこが慶一郎に頼まれて芝居をうっているのかもと思った。


 誰か冗談だって言ってほしい。


 ちりこがもう居られないと立ち上がって帰りかけたら、突然個室のふすまが開いた。


「慶ちゃん! 杏樹ちゃん、居た居た〜」


 若い妊婦がにこにこ笑いながら入ってきた。


「だっ、誰?!」


 お腹がだいぶ出てきているので歩くのが大変そうだ。

 彼女は妊娠後期だと思う。


「ちりこちゃん、この子は私たちのマドンナよ」

「マドンナ?」


 いまどきマドンナってなんだよ。

 目の前の妊婦はかなり若い。

 その子は慶一郎とまさひこの間に当然のように座った。


「杏樹。なんでここに、マヤを呼んだんだ?」

「どうせ後でばれちゃうんだからあ。それなら早くが良いじゃなあい? ちりこちゃんには私達のこと、全部教えておこうと思ったのよ」


 あっ、なんだろう。

 すごい嫌な予感がする。

 いやむしろ、嫌な予感しかしない。


「私は、慶ちゃんの子を産みます。奥さん、離婚して下さい」


 やっぱりだ! やっぱりだ。

 ちりこの目の前がぐらりと回りかけた。

 立ちくらみがした。

 もう、限界。

 私、キャパオーバーでぶっ倒れそう。

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