05:ステップは足を踏む
確かにお話をしようと誘ったのはわたしだった。
しかしその軽い行為が、よもやこのような結果となるとは思ってはいなかった。
挨拶の列を離れて軽食が食べられる場所へ移動すると、ディートリヒ様は小皿に料理を取り分けてわたしに渡してくれた。
年齢不相応な立派なエスコートに少し表情が和らぎ、
「お上手なのですね」
そう言って褒めれば「実は初めての経験でして、内心はドキドキしていますよ」と、はにかみつつ微笑んだ。
夜会が初めてと聞き、わたしは不思議に思った。
いくら彼が若いとは言え、流石に十六歳未満には見えない。
「まだデビューされていなかったのですか?」
だからこそ興味本位でわたしは聞いてしまった。
そう尋ねると、
「実は家の事情で、エスコート嬢がいないのです」
そして「ははは」と乾いた笑いを見せた。
そう言われ、わたしは概ねの事情を理解した。
そうか、姉が侯爵家のアウグスト様と結婚したのだ、政略的な問題で先送りになっている間に機会を逃したのだろうと。
「そういう。ごめんなさい無神経な質問だったわ」
概ね理解している事を一応言葉に出してみると、彼は驚いた表情を見せた。
「分かるんですね、凄いな」
暗に伊達に年は喰ってませんねと言う意味でもあるが、嫌味からではなく彼は純粋にそう思ったのだろう。静かな容姿なのに思ったより感情の出る子だなと思った。
わたしは未成年の彼に合わせ、アルコールの入っていないドリンクと軽食を摘まみつつ他愛も無い話をする。
わたしからは今までの参加した夜会はどうだったとか、学園時代の彼の姉や義兄はどういう評判だったとかそんな事を話していたと思う。
なるほど、記憶を探ってみれば、あの方以外にも確かに学園時代の想い出はあったようだ。
彼からは今の学園の授業内容や教師の話を、それを聞けばあの教師はまだいるのかと笑いあう、お互いの共通の話題はその辺りだったように思う。
そして丁度、話の節目が来たとき、
「クラウディア、よかったらそのご令息を紹介してくれるかな?」
後ろから聞こえたのは絶対に間違えるはずも無い声。
お父様だ。
振り返れば、やはりと言うべきか笑顔のお父様が居た。
そう言えば今日の夜会は……、
わたしは久しぶりに
自分の失敗に呆然としているわたしを余所に、彼は立ち上がると、
「始めまして公爵様。私はギュンツベルク子爵家のディートリヒと申します。姉と同級生だったとお聞きしましたのでクラウディア嬢から学園のお話を伺っておりました」
そう言って礼儀正しく挨拶したのだ。
「ギュンツベルク子爵、……なるほど姉のディートリンデ嬢と良く似ている」
父はさらに、所で、と前置き「年齢を聞いてもよいかな?」と、彼に問うた。
ディートリヒは礼儀正しく、
「今年の誕生日で十八になります」と答える。
お父様が小さく「むう」と、呟いたのが聞こる。
誕生日でと言うからには、今は十七なのだろう。既に誕生日を終えたわたしは今年で二十三歳になる。
そうか六歳も差があるのね、とちょっとガッカリし、そんな自分に驚いた。
思案したのは一瞬だったのだろう、お父様はすぐに表情を戻すと、
「ディートリヒ殿、良ければ娘をダンスに誘ってあげてくれないか?」
そう言ってわたしの手を取り立ち上がらせる。そしてその手をそのまま彼に……
彼はわたしの手を取り、
「クラウディア嬢、私と踊って頂けますか?」
そう言って明るく微笑んだ。
※
軽く緩やかに縦に巻かれた髪、確か姉はドリルを装備していると言っていたのだが、ドリルってなんだ? 天然の入った姉の言葉はいつも分かりにくい。
ドリルとやらの正体は不明だが、公爵令嬢のふんわりと緩く巻かれた薄めの金髪はとても綺麗で、そして柔らかそうに感じた。
彼女が僕のエスコートに合わせて踊ると、巻き毛がふわっふわっと浮いたり跳ねたりする。
面白いな、これ……
少しばかり悪乗りした僕は、ダンスのステップをちょっとだけ早くしてみた。
巻き毛のテンポが「ふわっ」から、「ふわわっ」に変わる。
おぉ凄いぞ!?
どこまでいけるかと、さらに足を早くしようとした時、爪先に鋭い痛みを感じた。
「イテッ!」
どうやらステップの際に足を踏まれたらしい。
そしてその痛みはさらに連続で襲ってくる。
「クラウディア嬢、痛いですよ?」
苦言を込めた声色を包み隠さずそう言えば、
「あらダンスのエスコートも満足に出来ない癖に、文句だけは一人前なのね?」
そう言いながら優雅に微笑んでくれた。
年齢は姉と同じだったはずだが、この時の彼女は悪戯が成功した子供のような可愛い笑顔を見せていた。
僕はそんな歳不相応な笑顔を見て、くすりと笑った。
しかしその後の事は一言で表せば"悲惨"だった。
お互いがお互いの足を踏みあう悪循環。
足先さえ見なければ大変優雅で、二人の表情はしっかり笑顔で固定されていた。
もちろんお互いの瞳は一切笑っていない。
僕はこれは水面下の白鳥のようだなと、爪先の痛みを堪えながら考えていた。
ダンスが終わり、お互いに
この時見せた公爵令嬢の笑顔は、明らかに心から楽しそうな表情で笑っていた。しかし会釈から持ち上がった顔は、先ほどまでの作られた仮面の笑顔に一瞬で切り替わってしまっていた。
切り替わった作られた顔を見て、とても残念な気分になった自分に驚いていた。
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