第12話 赤い暗殺者の襲撃

 ゆっくりと客車が揺れる。大きなベットの上には衣服のまま少年が眠る。最初出会った時には『王女』であり、少女の格好をしていた。しかしそれは世を忍ぶ姿であり、今はセドラーク王国の『皇太子』リドールとして峻一朗とナージの前に現れたのだ。

 それを横目に見ながらため息をつくナージ。リドールとは逆に本来とは異なる『少年』の格好で足を組み、深い椅子に腰かけていた。

「どうなされるのですか」

 重々しくナージが峻一朗に問いかける。

「何が」

 すっとぼけようとする峻一朗をナージはたしなめる。

「このまま、皇太子殿下をベルリンまで連れて行くのですか?どう考えても任務の妨げになるとしか——」

 斜め上を見る峻一朗。任務。それを再び心の中で整理する。

 フランス共和国からの依頼。自由にヨーロッパじゅうを行動できる『独立外交官』である峻一朗に、セドラーク王国とヴァイマール共和国間の密約について捜査及び外交的解決の依頼であった。それを当事者の、まして皇太子を伴いながら行おうというのは......峻一朗は頭を悩ませる。

 何杯目だったろうか。峻一朗は寝酒のブランデーを嗅ぎながら、ぼおっとした時間を過ごしていた。

 ぴくりとナージが反応する。廊下に感じる人の気配。ウェブリーMkVIをそっとカバンから取り出し、立ち上がる。こつこつと音がする。峻一朗は椅子に座ったまま、書類を机の上に置いた。

 ナージが跳ねる。

 扉とは逆の窓が大きく開き、そこから黒い影が飛び込む。

 それを待ち構えていたようにナージは銃を弾いた。

 銃の音を待ち構えていたように今度は扉が爆音とともに崩れ落ちる。

 煙の中からいくつもの人影が姿をあらわす。黒ずくめの衣服。顔はその布に覆われ明らかではない。すべて両手には短剣が握られていた。

 一発。

 ナージは相手が動く間もなく、その眉間にウェブリーMkVIの弾丸を叩き込む。床に倒れる男。床に赤い血が広がる。何度も撃ちながら距離を詰めるナージ。その度ごとに暗殺者たちが倒れていく。短剣は遠く、ナージの身を傷つけることはなかった。

「フリューガーのコンパートメントは503Eだ!頼んだぞ!」

 峻一朗がそう叫ぶ。フリューガー、ライゼガング商会頭取アルトゥール=フォン=フリューガーのことである。この襲撃は明らかに今回の件に関係しているのは明らかであった。大事な関係者を二度までも殺されるわけにはいかない。

 ナージが舞う。倒れた男たちの体を踏み台にして外に消えゆくナージ。

 それを峻一朗はじっと見守る。

 あたりに静寂が訪れる。ベッドには寝たままのリドールの姿があった。それを複雑な表情で峻一朗は見つめていた。

 その刹那。

 死体の山の中から、血だらけの男がよろよろと立ち上がる。急所をかろうじて外れていたらしい。両手には短剣を握りゆっくりと殺気を放つ。

「.......」

 ゆっくりと歩みを進める男。二つの刃を峻一朗と皇太子に狙いをつけながら——

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