第206話




 『ロゼイル=ロットマー』、元エドガー殿の商会で働いておった錬金術師で、バーンガイアが不作状態になっていた時に、どんなに低品質のポーションでも売れておったからどんどん怠けていき、工場が稼働する際に、最後のチャンスとして試験を行ったが、真面目にやらなかったとしてとうとうクビになった男。

 商会をクビにはなったが今まで働いておったし、無賃で放り出す事はせずに退職金として金貨を30枚渡したが、その後の行方は不明。

 腕は良いのじゃから真面目にやれば、他の商会や個人でも十分食っていけると思ったのじゃが、どうやら、エドガー殿を逆恨みしておったようじゃな。

 取り敢えず、衛兵に通報して詐欺行為が起きておる事を注意する様に呼びかけるのじゃが、根本解決にはならん。

 相手は逃げ隠れておるじゃろうし、恐らくじゃが単独犯とは思えぬ。

 それに、現状ではエドガー殿傘下の商会が被害を受けただけじゃから、犯人逮捕の為に衛兵が動いたとしても、そこまで人員は割けぬじゃろう。

 まぁ、今回の解決方法は実は単純で、瓶に刻まれておる紋を変えてしまえば良いのじゃ。

 ロゼイルは、クビになった際に瓶を盗んで、それを複製しておるのじゃろうから、紋を変えてしまえば新たに作る為に瓶を入手する必要が出て来るが、その紋を複雑で特別な物にすれば複製するのは無理になるじゃろう。

 そう思ってエドガー殿に提案したのじゃが、残念な事に無理な事が判明したのじゃ。

 と言うのも、商会の紋と言うのは商業ギルドに登録した際に登録し、それ以降は変更する事が基本的に出来ぬらしい。

 一応例外もあるんじゃが、それは商会のトップが代替わりしたり、新たに商会を立ち上げた際に限っており、今回の場合、既にポーション工場の商会はエドガー殿の傘下であり、作っておるポーションの瓶はエドガー殿の商会の物を使用するという事で登録してしまった為、紋を変える事は出来ぬ。

 もしも紋を変える場合、ポーション工場の方で紋を作り、登録し直す必要があるのじゃが、そうすると、エドガー殿の商会傘下から外れてしまうのじゃ。

 しかも、ポーション工場で紋を作っても、ロゼイルが本気で偽造を行って成功してしもうたら、結局、また紋を変えねばならぬ事になる。

 この場合、最適な解決方法は……


「……よし、こうなったら最終手段を取る事にするのじゃ」


「魔女様? 最終手段と言うのは……」


「本来はもう少し、工場が安定して稼働する様になったら提案するつもりじゃったんじゃが、今の状態でも十分いけるじゃろう、ちょっとエドガー殿はここ最近の工場の帳簿を持って一緒に来て欲しいのじゃ」


「はぁ……」


 エドガー殿が良く分からぬと言った表情を浮かべながら、工場の事務所からここ数ヶ月分の帳簿を持って来たのじゃ。

 詐欺被害にあってしもうた青年には悪いが、ロゼイルの被害者であるという事で店員と共に衛兵の所に行き、詐欺を受けた事と、冒険者ギルドの方で詐欺行為が行われておる事をギルマスへと報告し、被害を最小限に食い止めて欲しいのじゃ。

 具体的には、商業ギルドから発行されておる正式な証明が無い露店等で、格安で売っておる様なポーションは購入しない様にして欲しいのじゃ。

 そして、工場の裏手に止めておった馬車に一緒に乗り込んで、ベヤヤに目的地を指示した後に帳簿を確認。

 ふむ、コレならば十分も出来るじゃろう。



 ガラガラと道を進み、ベヤヤが目的地に到着したので、ワシが預かっておった手紙を見せて巨大な門を潜る。

 そして、指示された場所に馬車を止めて、全員で降りたのじゃが、エドガー殿の顔からダラダラと大汗が流れ出ておる。

 まぁ普通の商人がに来たらそうもなるかのう。


「エドガー殿、ワシ等はこっちじゃ。 ベヤヤは……取り敢えず、中庭で待機じゃ」


「グァ(あいよ)」


 ベヤヤが中庭の隅に座るのを確認し、ワシ等はずんずんと建物の中へと案内されたのじゃ。

 豪華絢爛じゃが、落ち着いた内装の部屋に案内され、ソファに座って相手の到着を待つのじゃが、エドガー殿はキョロキョロと周囲を見回しておる。

 しかし、エドガー殿は前に一度、報奨関連で来た事があるのではないのか?


「あの時は来ていません。 と言うより、辞退しましたので……ぅっ……胃が……」


 エドガー殿が胃の辺りを押さえておる。

 取り敢えず、胃酸を抑えるポーションを作って、エドガー殿にとして飲ませて待っておると、数回のノックの後、部屋の扉が開いて、二人の人物が部屋に入って来たのじゃ。

 その姿を見たエドガー殿が慌ててその場に平伏。

 まぁそうなるのも無理はないのじゃ。

 そこにおったのは、宰相のボーマン殿とランレイ王なのじゃ。

 これはワシ等も平伏した方が良いかのう?


「あぁ、別に畏まる必要は無い。 儂がいるのはなのでな」


 ランレイ王がそう言って、ワシ等の向かいに座る。

 いや、ついでも何も、そこに座られたら話し辛いのじゃが……


「陛下、余り困らせる様なら執務室にお戻りになりますか?」


「……スマンな、ワシには気にせずに話を進めてくれ」


 ボーマン殿に言われたランレイ王が、ソファから少し離れた場所へと移動し、兄上達と何かヒソヒソと話し始めたのじゃ。

 ふむ、どうやら仕事を抜け出したのか、執務室に積み上げておるみたいじゃな。

 それも王としての仕事じゃろうから、ワシにはどうにも出来ん。

 そうしておったら、ボーマン殿とエドガー殿が自己紹介をし、話し合い開始じゃ。


「まずはボーマン殿、息災の様で何よりなのじゃが、ワシの知り合いと言うか係わっておる事なのじゃが、ちょっとした問題が起きておってのう」


 ワシがエドガー殿とのコレまでの経緯と、商会の商品に対して詐欺行為が行われて困っておる事を説明。

 これを防ぐ為、ちょっとした事を頼む事にしたのじゃ。


「ふむ、言い方は悪いですが、国が関わるのは避けた方が良い様な気がするのですが……」


「普通なら、一商会に国が関わるのは得策ではないのは確かじゃが、この商会では比較的安価で、安定したポーションを、安定して供給する事が出来るのじゃ」


 ワシの言葉で、ボーマン殿の眉が僅かに動いたのを確認。

 この異世界では、『ポーションを作れるのは専門職だけ』と言う考えが広く広がっており、その為に、ポーションの安定供給と言うのは、意外と難しい問題なのじゃ。

 特に、兵団や騎士団を抱えておる国ともなれば、訓練でも生傷は絶えず、ポーションは常に不足気味で、王城勤めの錬金術師とかは、大規模訓練中は毎日大量のポーションを用意する為に徹夜する事もあるという。

 じゃが、ポーション工場では、既定の量を把握して作っておる為に、品質もほぼ一定で、大量生産する為に価格も抑えられて、安定して供給する事が出来る様になっておる。

 問題となっておる薬草の数も、エルフと妖精のコンビプレーによって増産する事に成功し、今後は更に安定して生産も可能となり、供給量より生産量が多くなってしまう事が予想されるのじゃ。


「……一日にどの程度まで作れるのですかな?」


「エドガー殿、帳簿を宰相殿に渡して欲しいのじゃ」


「は、ハイッ」


 言われたエドガー殿が慌てて鞄から、一日に生産出来る量と売り上げの推移を記録した帳簿を取り出し、震える手でボーマン殿に手渡した。

 それを受け取り、ボーマン殿が一枚一枚、丁寧に確認していく。

 そして、都度気になった点をエドガー殿に聞き、それにエドガー殿が答え、1時間程経過した頃、ボーマン殿が帳簿を見終えたのか、閉じて机に置いたのじゃ。


「……正直、此処までキッチリした帳簿ですと、文句の付けようがありません」


「ありがとうございます」


 ボーマン殿の言葉でエドガー殿が頭を下げる。

 長く質疑応答をした事で、エドガー殿も普段通りに喋れる様になっておる。

 ここまでやれば、後は言わんでも分かるじゃろう。


「コレであれば、この商会を『』と認めても問題は無いでしょう。 今後もこの品質を安定して供給出来れば、と言う条件は付きますが」


 よし、コレで問題の9割以上が解決したも同然なのじゃ。

 この後、エドガー殿はボーマン殿と正式に契約を結び、一週間にどれだけの量のポーションを納品するかの話し合いや、商会の紋に国の名前を入れる事が許可されたのじゃ。

 これで、ロゼイルが今後同じ様に商会の名前を騙って詐欺行為を働いた場合、商会だけでは無く国に対しても喧嘩を売った事になる為、超が付く程の重罪になる訳じゃ。

 詳しい話し合いは後日となり、エドガー殿は護衛を付けられて、丁重に商会へと戻って行ったのじゃ。

 始終ワシに礼を言っておったが、今後の事を考えれば何の問題も無いのじゃ。


 さて、エドガー殿の方はコレで良いとして、今度はワシの方の用事を済ませるとしようかのう。

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