第202話
最初の泥抜きが終わったと思うオオウナギを、タライから一匹まな板の上に置くのじゃが、まぁ粘液で滑る滑る。
逃げるのを捕まえるのも一苦労じゃ。
まぁ
と言う訳で、まな板の上でぴーんと伸びた状態でオオウナギが置かれた訳じゃが、まずは新しいまな板を用意せねばならぬ。
「ガ? グァ?(あ? コイツじゃ駄目なのか?)」
ベヤヤが不思議そうにオオウナギが乗せられておるまな板を見て、そんな事を言っておるが、今使っておるまな板はベヤヤ用の大きい物を特別に作って貰った物なのじゃが、ウナギを捌く時は『目打ち』と言う作業がある為に、まな板に穴が開いてしまうのじゃ。
目打ちをせぬ方法もあるらしいが、これ程のサイズともなれば、固定出来た方が良いじゃろう。
なので、ワシのアイテムボックスから適当な木材を同じ様なサイズで二枚クラフトし、出来上がったまな板を取り出して、改めてオオウナギを一枚目に置いたのじゃ。
「それじゃ、手順を説明するんじゃが、ワシも完璧に覚えとる訳じゃ無いからの? ベヤヤもそこんところは注意して欲しいのじゃ」
「グァゥ(おうよ)」
そうして、ワシの朧気な記憶を頼りに捌く事になった訳じゃが……
のぅ、ベヤヤよ、その首の収納袋から出したでっかい鞄は何じゃ?
鞄は金属製で、地球だとジュラルミンケースとか言いそうな鞄なのじゃが、サイズは大型スーツケースを一回りくらい大きくした感じじゃ。
それをベヤヤが地面に置いて開くと、その中にあったのは、何ともまぁ大小様々な包丁やらヘラやらお玉と言った調理器具と、それを手入れする為の砥石や布巾。
包丁だけでサイズ違いが7本、おたまは4本あるがそれぞれ柄の長さが違ったり、先端のサイズが小さい物がキッチリと収納されておった。
「いつの間にこんなの手に入れておったのじゃ……」
「ガゥ、ゴグァゥ?(そりゃ、一纏めにした方が楽だろ?)」
ベヤヤの言う事にも一理あるんじゃが、コレ、作ったのは多分ドワーフの誰かじゃろうな。
いくらベヤヤが器用になったとはいえ、金属製の鞄を加工するなんて事はまだ出来ぬじゃろうし。
ベヤヤがその中からそれなりに長さのある包丁を取り出し、新しいまな板の上にオオウナギを置いたので、一緒に巨大な五寸釘を取り出して、ぶっ刺すポイントをベヤヤに説明するのじゃ。
「『目打ち』とは言うが、実際に目に刺すのではなく、目の下側あたりにぶっ刺してまな板に固定する訳じゃ。 その後、首から胸ビレの前辺りまで半分ほど切って、ウナギを締めるのじゃ」
「グァ(あいよ)」
ワシの指示通りに、ベヤヤが五寸釘をオオウナギの頭にぶっ刺してまな板に固定し、一気にオオウナギを締めたのじゃが、躊躇無くいったのう。
その後は、背開きか腹開きにするかで悩んだのじゃが、此処は両方で作るべきじゃろう。
と言うのも、背開きと腹開きと言うのは、捌いた後の調理法によって変わっておるだけなのじゃ。
よく、『腹開きは切腹をイメージしておるから』なんて事を聞くが、じゃぁ他の魚はどうして腹開きしとるんじゃって話じゃ。
実は、背開きは『素焼き』と言う軽く焼いた後に蒸す為、身の薄い腹側から開いてしまうと、蒸した際に身が割れてしまう為、それを防ぐ為の調理法なのじゃ。
逆に、腹開きは蒸す過程が無い為、身が割れる心配が無い訳じゃな。
まぁそんな豆知識はともかく、ベヤヤは2匹のオオウナギを平然と背開きと腹開きで捌き終えて、次の指示待つ……訳も無く、何と、内臓を丁寧に取り除いて、身を捌いたのとは別の薄い包丁を使って、器用に中骨を身から切り離しにかかっておる。
中骨を取り除いたら、背ビレや尾ヒレを切除、その後、繋がったままの頭を切り落としておる。
「ゴァ?(こんなもんか?)」
「あー、うん、そんな感じなのじゃが、ベヤヤは大丈夫じゃろうが、この魚、一応、血液に毒を持っておるから、そのまま傷口とか目とか触るでないぞ?」
ウナギの血には毒が含まれておるのじゃが、この毒は致死性の物では無いものの、目に入れば最悪失明する可能性はあるのじゃ。
まぁ熱を加えれば無毒化するんじゃが、注意する事に越したことは無い。
それを聞いて、ベヤヤが川の方を向くと、川の水がゴボリと球体となって浮かび上がってベヤヤの前に移動し、それを使ってベヤヤがウナギの血で汚れておる両手と包丁を丁寧に洗っておる。
「さて、この後はあのヌメヌメした粘液を落とす訳じゃが、兄上、準備は出来ておるかの?」
「……一応、言われた通りにはしておいたぞ……」
兄上の前にはいくつものサイズ違いの鍋が火に掛けられており、一番外側に置かれておる小さい鍋を確認すると、沸騰はしておらぬがかなり高い温度を維持しておるのが分かる。
本当は、捌く前にやる作業なのじゃが、オオウナギが巨体過ぎて断念せざるを得なかったのじゃ。
取り敢えず、このくらいなら大丈夫じゃろう。
「さて、ベヤヤ、此処からは如何に早くやれるかが肝じゃ。 まずは皮側にこの熱湯を掛けた後、直ぐにこっちの冷水に突っ込んで冷やすのじゃ」
ウナギの粘液はムキンだかムシンだか、そんな名前のタンパク質なので、ある程度の熱以上になると凝固するのじゃ。
後は、身に必要以上の熱が入らぬ様に冷水で冷やし、凝固した皮の表面をこそげ落せば良いのじゃ。
ベヤヤがウナギの身を別のまな板にひっくり返し、そのまな板を少し傾けて熱湯を皮に掛けていくと、皮の表面が白く濁っていくのじゃ。
それを確認した後、その身をタライの中に突っ込んで急冷して取り出すと、まぁ凄いのじゃ、皮の表面が殆ど真っ白になっておる。
その白くなった部分をベヤヤが包丁でこそぎ取ろうとしたのじゃが、刃を当てると皮まで削れてしまう事に気が付き、少し悩んだ後、包丁をひっくり返して、背の部分でこそぎ始めたのじゃ。
それらを全て取り除いて、水で洗い流したら、捌くのは終了じゃ。
「で、後は調理するだけなんじゃが……そう言えば兄上、剣聖殿は何処行ったのじゃ? 朝から姿を見掛けんのじゃが……」
「アイツなら、崩落現場を確認しに行ってる。 一応、もしもの時の為にな」
兄上の言う通り、今回の崩落事故は自然現象ではあるじゃろうが、もしも、誰かが意図的に起こしておった場合、無事に復旧されては困るという事で、再度、何かしらの事件が起こる可能性があるのじゃ。
まぁ間違いなく事故なんじゃろうが、一応、用心に越したことはないのじゃ。
「さて、それじゃ調理方法なんじゃが、背開きと腹開きでちょっと作業が違うんでな、少し注意せねばらぬぞ」
「ガゥ?(どう違うんだ?)」
「どっちも一度、素焼きと言う何も付けずに焼くのは一緒なんじゃが、背開きの方はその後、一旦蒸して、その後再度焼き上げるのじゃ」
ベヤヤが手帳にメモしながら、ワシの話を聞いておる。
この焼き上げの作業の際、タレを付ければ『蒲焼』となり、何も付けねば『白焼き』となるのじゃ。
まぁベヤヤの事じゃから、どっちも作るんじゃろうが……
そんな事を考えておると、ベヤヤが捌いたウナギに串を刺し、鍋とは別に用意しておった炭火の竈に運んでおる。
そして、その竈でじっくりとベヤヤがウナギを焼き、背開きした方は途中で隣で準備しておった
そして、ワシの予想通り、ベヤヤが作っておる特性ダレの入った小瓶で『蒲焼』にする物と、そのまま焼き上げて『白焼き』の両方が出来上がったのじゃ。
本当はうな重とかにしたかったのじゃが、白飯を用意する時間が足りなかったのじゃ。
次があれば、ちゃんとうな重にして食べたいのう。
そうして出来上がった炭火焼のウナギの蒲焼と白焼きが、それぞれ小皿に切り分けられ、各々の目の前に並べられたのじゃ。
地球でもウナギはそんなに食べられんかったからのう、非常に楽しみなのじゃ。
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