第154話




 急な雨が降り注ぐ中、数人の男達が慌てた様にバシャバシャと足音を上げながら駆け抜けていく。

 その全員が手に農具や籠を持っており、麻布のタオルを首に掛けていた。

 しばらくして、森の手前にあった大きな樹の下に逃げ込んだが、全員がびしょ濡れになっていた。


「ひゃぁ、降るとは思ったが、こんなに降ってくるなんてなぁ……」


「うちの爺様が昼には降るって話してたが、年寄の知恵は馬鹿に出来ねぇって事だなぁ」


「しかし、コレ、いつ止むんだ? このままだと風邪引いちまうぜ?」


 男の一人がタオルを絞りながらそう言うが、空の雨雲は黒い上に殆ど動いている様には見えない。

 空を見ながら『こりゃまだまだ降り続けるなぁ』と憂鬱になりつつ溜息を吐き、周囲を見回す。

 そして、森の方を見て『あっ』と声を出した。


「やべぇぞ、ここ『呪いの森』じゃねーか」


「大丈夫だろ、俺たちゃ別に森の中に入ってる訳じゃねぇんだし……」


「だが、もしも呪われちまったら、俺等もされちまうぞ?」


 その言葉で全員が顔を見合わせ、空を見て、森の方を見た後、男達は雨が降る中を走る事を選択した。



 男達が走っていく様子を、森の中から見ていた深緑色のローブを着た人物が見ていた。

 その体躯から、かろうじてこのローブを着用しているのが、大柄な男であると分かるが、その呼吸も静かであり、ローブの色も相まって森の中に完全に溶け込んでいる。

 ただし、その手には刃を黒く塗り潰した短剣が握られており、男達があのまま森に入って来ていたら、悲惨な結果になっていただろう。

 短剣を懐の鞘に戻し、更に森の奥へと進んでいく。

 やがて見えて来たのは、若干ボロくなった家で、誰も住んでいなさそうな感じがするが、煙突から煙が出ている事から、誰かしらが住んでいるのは間違いない。

 足音を忍ばせて近付き、中の様子を伺う。

 現在の時刻はまだ昼を過ぎた辺りで、寝る様な時間では無い。

 ゆっくりとドアの所に移動し、耳を澄ませた後、短剣を引き抜いて一気にドアを開けて中に飛び込む。

 その瞬間、まるで入ってくるのを予想していたかのように、目の前に椅子が飛んできていた。

 ソレを床に這い蹲る様に回避し、飛んできた方向を見ると、全身を黒く染め上げた服に身を包み、顔にも黒い包帯を巻いた女性が立っていた。

 それを確認し、その状態から一気に飛び掛かっていくと、女性が背から同じ様に短剣を引き抜いて迎撃した。

 狭い部屋の中で激しく斬り合い、時折、蹴りや肘打ちを繰り出していたが、女性の短剣がローブの頭巾を弾き飛ばした。

 そして、その下から現れた顔を見て、女性の動きが一瞬だが止まった。

 それを見逃さず、女性の短剣を弾き飛ばし、腕を掴んで一気に捩じり上げた。


「カハッ腕は落ちていないようだな」


 そう言うと、肩辺りに僅かに刺さった細長い針を見る。

 あの一瞬で、女性は隠し持っていた針を投擲したが、肩の部分にはメタルタートルの甲羅を薄く削り出した防具をローブの下に着用していた為、ほとんど刺さらず、衝撃で抜け落ちてチリンと音を立てた。

 最も、ローブの下にある他の急所の部分にも、同じ様に致命傷を避ける為、最低限の防具を着用しているのだが。


「ぐっ……今更私を始末しに来たのか!?」


 女性が捩じり上げられた痛みで、顔を顰めながらそんな事を言うと、灰色の毛並みを持った狼の獣人が笑みを浮かべた。

 そして、突き放す様に女性の腕を放した。


「国からの指令だ。 そうでなければの裏切り者に用などあるものか」


 狼獣人が折り畳まれた紙を投げると、拾う様に顎で指す。 

 女性がそれを拾うのを確認すると腕を組んで、その様子を見ている。


「成功すればお前も国に帰れるし、今ならも治せる可能性がある」


 その言葉で、女性が自身の腕を思わず見た。

 よく見れば、その女性は服が黒い訳では無く、腕や顔と言った場所が真っ黒に変色している。

 それを隠す様に、黒い服を着ていた。


「お前に拒否権など無い事を忘れるな」


 そう言い残し、狼獣人がドアから去って行く。

 残された女性は、指令が書かれた紙を握り締め、それを見ているだけだった。




 バーンガイアの王城、そこの一室は物々しい雰囲気に包まれていた。


「クリファレス王として勇者が代理となっている上に、逃げた王子達と剣聖を探していると……」


 陛下が浅子殿と儂の話を聞いて頭を抱えておる。

 この場にいるのは、儂と陛下以外には、宰相殿とクリファレスの内情を話してくれた浅子殿、美樹殿だけだ。

 此処まで同行していたバート達は、先に訓練場にて『強化外骨格』の準備を行っている。


「剣聖殿は魔女様の所で匿い、王子達は王都の妻の親戚の所に匿う予定とはなっておりますが、王子達の護衛を密かに宰相殿にお願いしたい」


 儂の言葉を受けて、陛下の視線が宰相の方へと向くと、宰相殿が頷いている。

 宰相殿は、秘密裏にこの国の暗部を纏めているので、王子達の表の護衛は親戚の方で用意されるだろうが、儂が頼みたいのはの護衛だ。

 王子達には、確実にクリファレスから暗殺者等の暗部が差し向けられるだろう。

 それを防ぐ為には、そう言った手口を知り尽くしている暗部を使う方が確実だ。

 王子が生きている限り、勇者は王位を奪う事が出来ず、永遠に代理のままになって、クリファレスの法を勝手に変える事が出来ない。

 だが、もしも王子が死ねば、代理である勇者が正式に王位を継いでしまい、文字通りクリファレスを好き放題にする事が出来てしまう事になる。

 それだけは絶対に避けねばならない。


「安全を考えれば、王城にいて貰うのが一番なのだが、それだと目立ち過ぎて直ぐにバレてしまうだろうが、確かにあの家ならもう数人増えた所で分からぬか……」


 陛下がそんな事を言っておるが、まさか、また増えたのですかな?

 聞いてみたら、様々な事業で稼いだ利益で今度は孤児院事業を始めたらしく、孤児の受け入れをしている最中だという。

 何でも嫁の一人が『これからは知識は宝ですわ!』と言って、自ら孤児達に読み書きを教え、怪我等で働けなくなった大人や老人を教師役で引き抜いている。

 なので、そこに混ぜれば他からは分からんだろうというのが、陛下の考えだ。

 ふむ、その嫁は先見の明があるのう。

 これからの時代、武力も大事な事だが、知識や知恵もそれに匹敵する事になるだろう。

 と言うのも、魔女様や美樹殿達が便利な魔道具や魔法を増やしていけば、個人の武力も通用しなくなる。

 特に、あの『強化外骨格』はその最たる物だ。

 最終試験として、生身の儂と『強化外骨格』を使用したカチュア殿が戦ったのだが、負けそうになった。

 何せ、力は互角でも、防御力は相手の方が上で削り切れず、始終儂が圧倒されたが、最終的に『強化外骨格』のマナが尽きた事で停止して終了となった程だ。

 筋力的にも非力なカチュア殿ですら、『強化外骨格』を使えば儂を圧倒出来るのだ。

 もしも、似たような物が開発され、他国で配備されていた場合、普通の一般兵士達では一溜りもない。


「取り敢えず、王子達の護衛はちゃんと手配しておこう。 それで鎧の魔道具と言うのは一体何なのだ?」


「魔女様を中心に開発された物で、美樹殿と訓練場にて準備をしておりますカチュア殿が協力した物です」


 これは言葉で説明するより、実際に見て説明した方が早いだろう。

 その為に、バート達に訓練場で準備をしておくように言っておいたのだ。


 そして、陛下と宰相殿を連れて、儂等は王城に併設されておる訓練場へと足を運ぶ事になったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る