第118話




 町に地竜が迫っていると、報告を受けて町中に多くの避難民が入っています。

 そこで、ゴゴラさん達が商業ギルドから大量の資材の提供を受け、建築材の砂を使って鏃の砂型を作り、魔法で火を起こし、大量の金属を鋳融かして、大量の鏃を量産しては、それを組み合わせて矢を大量に作り、それを商業ギルドの職員さんや、新人冒険者さん達が外へと運び出しています。

 私達も手伝いたいとは思うのですが、私達にはやるべき事があるのです。


「さて、リュミーさん、シオーネさん、ストラさん、いきなりとなりますが本番です」


 私の目の前には、巫女服を着て正座をしている3人がおります。

 本当は、もう少し練習をしてから徐々に範囲を広げるべきなのでしょうが、こうなっては仕方ありません。

 それに、私達の総意として、彼女達の実力であれば十分でしょう。


「あのあのあの! 教会が結界を張るって言ってるのに必要なんでしょうか!?」


 リュミーさんが不安そうに言っておりますが、正直に言えば、あの教会の張る結界と言う物はかなり胡散臭い物です。

 声には出しませんが、日夜、教会のある方角からは不気味な気配を感じておりますし。

 それに、あの教会が崇めている神と言う存在はおりませんから、魔術的な結界となるんでしょうが、それで強固な結界が出来るんでしょうか……


「結果的に、必要が無かったのであればそれで良いのです。 ですが、もしも必要になった場合、即座に展開する事が出来ませんので、間に合いません」


 私達の結界は神に舞を捧げ、その対価に結界を張る物ですので、どうしても即座に展開する事が出来ません。

 ですので、もしもの時の為に教会が張る結界の内側に展開しておくのです。

 もし、教会の結界だけで事が済めば、それはそれで良いのですし。

 そう説明し、3人には身を清めて来るように指示を出し、紅葉さんには舞台の準備をお願いします。

 そして、私は一人、シャナリー様への報告をする事に。




『つまり、どうあってもそこに残るのね?』


「はい、天界に戻れば、私達は無事に済むでしょうが、此処を見捨てる訳にはいきません」


 水晶鏡の向こうでは、頭を抱えているシャナリー様が見えます。

 本来、シャナリー様の眷族である私達であれば、この水晶鏡を通って天界へと戻れば、今回の事もやり過ごす事は可能でしょう。

 ですが、此処を見捨ててしまう事は、私達に協力して貰っている魔女様を裏切る事になってしまうのです。

 それに、私達も存外、あの子達の事は気に入っておりますので。


『分かったわ……でも、危険だと判断したら直ぐに帰ってくるのよ?』


「……御約束は出来ませんが、努力は致します」


 そうして、水晶鏡の通信を切り、私も準備の手伝いをしましょう。


 神社中央にある石舞台を数個の篝火が囲み、その中央に身を清め、専用の衣装に身を包んだリュミーさんが立つ。

 不思議と、周囲の音が聞こえなくなり、シオーネさんが三味線の様な楽器を静かに弾き始めました。

 それに合わせ、ストラさんの透き通るような声が、女神様に私達を守る事を願い、その対価を舞と言う形で奉納する事をつらつらと歌い上げ、リュミーさんが静かに、ですが厳かに舞い始めました。

 私達は舞台の周囲で禅を組み、静かに神社周辺のマナを外へと動かし、彼女達の神楽舞の成功を祈ります。


 そして、教会の結界が展開されましたが、予想通り、その結界からは明らかに禍々しい気配を感じます。

 まるで見えない亡者の手が、町を覆っているような気配です。

 空気も随分と重苦しくなり、リュミーさん達の額から汗が滲み出ているのが見えます。

 ですが、ここで声を掛けたりして中断させれば、神楽舞は失敗して結界を張る事が出来なくなります。

 彼女達が必死になっているのですから、私達ももっとマナを巡らせて補佐するのです。


 そして、リュミーさんが手に持った神楽鈴をシャランと鳴らし、ゆっくりとその場で一礼をしました。

 瞬間、石舞台上から清浄な風が吹き抜け、赤い結界の内側に徐々に青い結界が広がっていくのが見えます。

 先程までの重苦しい空気も無くなりました。

 私達は3人の元へと歩み寄り、疲労困憊状態のリュミーさんの肩に手を置きました。

 神楽舞は、唯、踊るだけでは無く、心の底から祈りを込め続けなければなりません。

 更に、この町を覆える程の大きさの結界ともなれば、その疲労度は想像を絶します。

 しかし、一度結界が張られてしまえば、コレを力技で突破する事は実質不可能ですので、もしも外側の結界が破壊されても、この町は無事でしょう。

 3人を休憩させ、私は御神体の巨大水晶の前で禅を組み、魔女様達の無事を祈るとしましょう。


 後に、巨大な爆発が起きた後、飛来した光によって教会が張った結界が砕け散り、その下にあった神楽舞の結界が防いだ事を知ったのでした。




 その頃、教会では……


「ま、魔導結界消失!」


「再展開用の魔石足りません!」


「あぁぁぁぁあぁっ! 腕がっ俺の腕がぁぁっ!?」


 教会の中央で、複数の修道服に身を包んだ者達が、先程の光によって破砕された結界の修復作業に追われていた。

 だが、結界を再展開するにはマナが足りず、展開した結界を維持していた術者達の大半は、結界の砕けた反動で吹き飛ばされて大小様々な大怪我を負って、半数以上が再起不能となっている。


「えぇぃ! 再稼働はどうなっておる!」


 そう言っているのは、この町の教会の担当となる予定の『ラカント=フラーダン』と言う男である。

 中肉中背で、若干頭髪が薄くなり始めた50代、上には媚び、下には傲慢。

 ここに派遣されたのも、バーンガイアで活動しているファインガ枢機卿に媚びを売っていたからである。

 何日も前にクリュネ枢機卿がやって来て、『大変だろうケド、頑張るのデスよ』と言っていたから、何かしらやっていたのは知っていたが、まさか、この事を見越していたとは思えない。


「お言葉ですが再稼働は絶望的です! 再展開用の魔石が足りず、術者の大半は負傷、そもそも、結界装置が許容量限界を超えた為、魔石があっても直ぐに稼働させるのは無理です!」


 その言葉を聞き、ラカントが怒りのままに、報告した助祭を殴り付けていた。

 助祭が吹っ飛び、別の術者を巻き込んだ。


「それをどうにかするのがお前達だろう! ここで結界を張れなければ……」


「た、大変です! 空を見てください!」


 倒れた助祭の胸ぐらを掴んで引き起こし、どうにかさせようとした所、別の信者が外から駆け込んできた。

 それを受けて、窓に寄って空を見上げると、そこには、我々が展開していた結界とは別の結界が町を包み込んでいた。


「何だあの結界は!?」


「わ、分かりません! 此方の結界の内側に展開していた様ですが、我々の結界を砕いた光を防いでいました!」


 どういう事か分からず、頭を搔きむしる。

 つまり、この信者の言う事が正しければ、今展開している結界は、我々の結界よりも強固と言う事になってしまう。


「まさか……あのジンジャとか言う所か?」


 そう呟いた信者を捕まえ話を聞くと、教会と反対側辺りに、『シャナリー』と言う女神を崇拝しているジンジャと言う教会の様な建物があるという。

 最近では冒険者や商業ギルドの連中だけでは無く、立ち寄る商人達も其方に寄っているらしい。

 しかも、ジンジャでは冒険者連中がクラスアップし易い、などと言う噂もあり、こぞって訪れている、と言うのがその信者が聞いた話だという。

 そんな馬鹿な!と、思わず叫びたかったが、ラカントは目の前に広がる青い結界を見上げる事しか出来なかった。

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