第99話




「そ、そんな筈はない!」


 ざわつく会場の中で、唯一、顔を真っ赤に染めたシュトゥーリア家の現当主であるウォンダ侯爵が叫んでおる。

 当たり前だが、近衛魔法師団に入るだけでも相当な実力と知識を要求され、役職持ちともなればその知識量は半端では無い。

 つまり、その副師団長が『違う物である』と明確に証言した以上、それを否定すると言う事は、副師団長の判断が間違っておる、と言う事なのじゃが……

 多分、分かってないじゃろうなぁ……


「ほう、それは私の判断が間違っている、と言いたいのですかね?」


 あーぁ、マルクス殿に言われて理解したのか、睨まれて小さくなっておる。

 しかし、二つの魔法陣が違うのは当たり前じゃ。

 何せ、あっちの魔法陣はワシが作った物を元にしておるが、ペンダントに使われておる魔法陣は、カチュア殿と美樹殿が作った物じゃからな。

 それに、『マナ吸収』等と言っておるが、ペンダントに使われておる魔法陣の効果は、『吸収』と言うより、『収集』じゃからのう。


「し、しかし、当家が開発した魔法陣と同じ効果を持っている魔法陣と言うのは、怪しまぬ方がおかしいでしょう!」


 最早苦し紛れでしかないのじゃが、向こうとしては、ワシに何としても罪を被せたい様じゃな。

 まぁマルクス殿の表情を見る限り、論破されるような事は無いじゃろうが、どうするんじゃろう。

 そう思っておったら、マルクス殿が二つの魔道具を手に取った。


「この二つが同じ物だと? 馬鹿馬鹿しい、こちらのペンダントに使われている魔法陣は、バランスも良く、緻密で正確な最早芸術の域だが、この杖に使われている魔法陣は、バランスも悪く、線も適当で、このような物では正確に発動するかも怪しい物だ」


 魔導拳の魔方陣を杖に描き込めるサイズまで縮小したとしたら、手書きじゃいくつか省略せんと無理じゃろうしのう……

 となれば、恐らく、安定化とか増幅辺りを省いて、無理矢理効果を発動するように繋いだんじゃな。

 と言う事は、発動したとしても、手元で大爆発する可能性があるのう。


「そ、それ……は……」


 おーおー、ウォンダ侯爵の顔から汗が滝の様に出ておる。

 あの様子を見る限り、あの魔道具、正常に作動せぬ可能性がある事に気が付いておったけど、黙っておったようじゃの。

 もし、それに気が付いておったのに黙っていたのなら、相当悪質じゃのう。

 アレを買う者が可哀想じゃ。


「マルクス卿、今の話は本当ですか?」


 そう声を掛けたのは、陛下と一緒におる宰相殿じゃ。

 ふむ、もしかしてウォンダ侯爵、この魔道具を国に売り付けようとしておったのか?


「私の見立てでは、良くて『フレアジャベリン』を吸収出来るでしょうが、下手すれば吸収し切れずに手元で大爆発しますね」


 そもそも、発動するかどうか微妙な所ですがね、とマルクス殿が言うと、宰相殿の視線がウォンダ侯爵の方を向いたのじゃ。

 それだけで、ウォンダ侯爵の顔からどんどん血の気が引いて行っておる。

 それと、『フレアジャベリン』と言うのは、炎の投げ槍の様な魔法で、射程距離と貫通力がずば抜けて高く、飛来速度もかなり早い上に、達人レベルにもなると地平線から人を狙う事が出来るくらいになるのじゃ。


「……どうやら、詳しく話を聞く必要があるようですな?」


 宰相殿の言葉で、ウォンダ侯爵がズルズルと椅子に座り込んでしもうた。

 その両隣におった若者二人が慌てておるが、まぁ国を騙そうとしておったようじゃし、仕方無いじゃろうな。

 これが知らず知らずのうちに、とかならまだ救いはあるんじゃろうが、知っておったようじゃし……

 最早、立つ力が抜けてしまったのか、ウォンダ侯爵が若者二人によって法廷から退出して行ったのじゃ。

 宰相殿とマルクス殿は、ウォンダ侯爵から詳しく話を聞く為に陛下の元から離れるようじゃが、その代わりにヴァーツ殿が護衛に入る様じゃ。

 傍聴席では、見に来ていた者達がザワザワと騒ぎ出しておる。


 と言うか、結局、判決はどうなるんじゃろ?




 まぁ当り前じゃが、判決は無罪。

 ヴァーツ殿が陛下の護衛に付くのでそのまま共に法廷を後にしようとしたのじゃが、法廷を取り囲むように騎士団が配置されておった。

 これは一体?


「陛下! 準備が整いました!」


 先頭に立っておる騎士の一人が、陛下に敬礼をしてそんな事を言っておる。

 準備?


「うむ、それでは徹底的にやるのだ」


「「「「ハッ!」」」」


 掛け声一つで、騎士達が建物に雪崩れ込んでいく。

 それをワシ等は唖然と見ておったのじゃが、それを見た陛下が苦笑しながら答えてくれたのじゃ。



 ここ最近、法廷で明らかに有罪であるのに無罪になったり、どう考えても無罪な者が有罪判決を受けたりと、不可思議な判決が起きる事が多くなっており、不審に思った宰相殿が暗部で内偵を進めていた所、貴族が有利になる様に賄賂を受け取っておる裁判官が多く、汚職の温床になりつつあったようで、そんな時にワシが訴えられると報告があって、一気に片付けようと騎士団を動員したそうじゃ。

 内偵中に証拠はほぼ揃えてあったので、後は突入のタイミングだけじゃったらしい。

 因みに、ワシ等を担当しておった裁判官も賄賂を受け取っておった一人らしいのじゃ。



 結局、多くの裁判官が拘束され、ウォンダ侯爵は領地の自宅で謹慎となり、当然、国に納める筈だった魔道具は全てキャンセルとなった。

 国防の為を思って購入しようとしたのじゃろうが、発動するかも怪しい物を買い揃えても仕方無いしのう……

 だからと言って、ワシが作ってしまうのも間違っておるが、ここ最近、丁度良い人材が増えたのじゃ。

 宰相殿に、ルーデンス領で新しく作っておる町にて、非常に腕の良いドワーフ職人と、カチュア殿の様な魔法陣に詳しいエルフ達が多くやって来ておる事を伝え、依頼すれば強固な武具を拵えてくれるじゃろう、と話しておいたのじゃ。

 実際、ゴゴラ殿達の腕は確かじゃし、エルフ達もカチュア殿が訓練しておるので、魔法陣付与の腕は今ではかなりの物じゃ。

 ちゃんと交渉すれば、引き受けて貰えるじゃろう。

 そして、マルクス殿がカチュア殿と美樹殿の魔法陣をべた褒めしておる。

 なんでも、あれほど緻密でありつつ、ちゃんとバランスも整っておる魔法陣は珍しく、大抵は何処かに無理が出来るので、魔法陣と言うのはある程度は妥協をして成立させる物らしいのじゃ。

 しかし、ワシが教えた方法であれば、魔法陣の線を限りなく細くする事が出来るんで、無理なく詰める事が出来るのじゃ。

 別にマルクス殿に教えても良いのじゃが、この技術はエルフ達の物として末永く使って欲しいので、ワシからは敢えて何も言わんでおくのじゃ。



 そして、城へと戻ったのじゃが、既にベヤヤの飯テロによって、王城の料理長が弟子入り志願をしてきておった。

 因みに作ったのはフワットロッのオムレツじゃ。

 ソースは王城にあったデミグラスソースに近い黒いソースじゃが、トマトがあればケチャップを教えても良いかもしれんのう。

 後で料理長に食糧庫を見せて貰えないか頼むとしよう。


 頼んだら、普通に快諾して見せてくれたのじゃが、流石王城の食糧庫、と言う感じで様々な材料があったのじゃ。

 それこそ、トマトやら葉野菜、チーズやサラミの様な加工肉もあったのじゃ。

 なんでも、王族専用の農家がいくつかあり、そこで特別に育てられておるので、ここまで様々な物が揃っておるらしい。

 ……ふむ、コレだけの材料があるなら、アレが作れるかもしれん。

 しかし、勝手に使う訳にもいかんし、ここは自家栽培して増やしてから、作るとしようかの。

 と思っておったら、料理熊ベヤヤと料理長に捕まって、新しい料理があるのなら、作ってくれ教えろ、と詰め寄られたので、仕方無しに教える事になったのじゃ。


 まぁ、後で食糧庫の一部の食材と、専用農家から種やら苗を貰う事を約束したがの!

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