第95話




 魔力阻害症。

 魔法回路に急に障害が発生し、魔法が使いにくくなったり、一切使えなくなるという難病。

 条件も何も分からず急に発症する為に、予防法も治療法も無い。



 ニカサ殿が持ってきてくれた資料を読んだのじゃが、共通点が一切無く、地域も時期も関係無いという、本当に手掛かりも何もないのじゃ。

 資料で分からぬ以上、実際の患者を診るしかないのじゃが、患者は王都にいるんじゃろうから、流石に『ちょっと行ってくる』って言うのは無理じゃのう。

 そう思っておったら、今回の実地研修のメンバーの中に混ぜ込んでおったらしい。

 これで、心置きなく調べる事が出来るのじゃ。



 そして、ニカサ殿と一緒に患者の元へと来たのじゃが、そこにおったのは金髪でヒョロリと細い若者じゃった。

 なんでも、魔力阻害症を発症したのは幼少期で、その日は、庭で普通に過ごしていたのに、いきなり発症して魔力に当てられ失神してしまい、家族は大騒ぎ。

 その日から外部の魔力に当てられない様に、家の中にいる事が多くなり、他人も含め、家族との接触も最低限になってしまった。

 そうして過ごしていると、彼の住む領地に王城から陛下とお姫様が避暑地として訪れ、そこでお姫様と出会ったのじゃという。

 そうして、何処にも出掛けられぬ事を不憫に思ったのか、お姫様と文通が始まり、そうして密かな交際がスタートしたのじゃ。


 彼の名前は『ジェスター=エル=サーダイン』。

 サーダイン公爵の息子であり、サーダイン公爵自身も軍人であり、国防のトップの役人らしいのじゃが、息子が重度の魔力阻害症を発症した事で、治療の為に色々と奔走しておった時期があったらしいのじゃ。

 教会にも訪れた事があるらしいのじゃが、何でも、応対した教会の人間から胡散臭い事を言われ、コイツは駄目だと判断し、それからは部屋にマナを遮断する素材で壁を作り変えたり、マナを吸収したりする植物の植木鉢を置いたりして対応し、治療法を探していたらしい。

 そうして、この前の国家乗っ取り事件を受け、これ以上のんびりしていたら大変な事になる、と、陛下と意見が一致し依頼が来た、という感じじゃな。



「それじゃジェスター殿、ちょっと色々と調べるんじゃが、嫌な事は遠慮なく言って欲しいのじゃ」


「はい、宜しくお願いします」


 ジェスター殿の為に、ワシとニカサ殿は、自然と漏れ出る魔力を抑える腕輪を付け、診察する場所にはマナを吸収する『シャインツリー』と言う鉢植えをいくつも置いてあるのじゃ。

 そして、ジェスター殿の手を取り、まずは体内のマナを調べるのじゃが、おや?


「ふむむ?」


 魔力阻害症と言うのは、体内の魔法回路がで疎外されて引き起こされると考えられておる病気なのじゃが、それなら、放出されぬマナが体内に相当量残っておる筈なのじゃが、ジェスター殿の体内に残っておるマナの量は相当に少ないのじゃ。

 マナを吸い取るシャインツリーで吸われておるとしても、この量は少な過ぎる気がする。

 アレー?


「ジェスター殿は何か魔道具か何かを使っておったのか?」


「……いえ、マナがある物は極力避けていますので、魔道具も殆ど触りません」


 使ったのも、この場所に来て全身消毒の為に使った、消毒用の魔道具くらい。

 つまり、体内のマナ量が少ないのは生まれつきと言う事かの?

 いや、それだと産まれた時から発症しておらんとおかしいのじゃ。

 成程、ニカサ殿だけでなく、世界中の治癒師が苦戦しとる訳じゃな。


「ふーむ、取り敢えず『診断』じゃ」


 ジェスター殿の手を持ったまま、彼の体内を『診断』で確認するのじゃが、別に変な所は無いのじゃ。

 若干、内臓が弱っておるくらいじゃな。

 しかし、魔法回路に関しては『診断』では見えぬようじゃな……

 ううむ、難しいのう。


「ニカサ殿、ちょっと聞きたいのじゃが、『魔法回路』は体のどの辺を通っておるのか分かるかのう?」


「また難しい事を聞くね。 魔法回路ってのは目に見えず、血管や神経の様に全身を巡ってるとんだが、誰も確認は出来てないのさ」


 ニカサ殿が言うには、通常マナが流れている魔法回路も、死んだら体内のマナが無くなる為に確認出来ず、かと言って生きている内に解剖するなんて事は非道過ぎて行われていない。

 最も、教会辺りはやってそうだけどね、とニカサ殿が言い捨てておる。

 ソバンとのやり取りから、ニカサ殿と教会の確執はかなり深そうじゃのう……

 しかし、魔法回路を見れぬのでは調べようがないのう。


「それで、そんな事を聞くって事は何か思いついたのかい?」


「いや、魔力阻害症でマナが放出出来ぬ、もしくは放出しにくい、というなら、体内のマナは放出出来ぬのじゃから、飽和状態になっておる筈なんじゃが、ジェスター殿の体内マナは殆どスッカラカンに近い状態なのじゃ。 他の患者を診ておらんから何とも言えんが、魔力阻害症が魔法回路の異常で引き起こされとる病気であるなら、魔法回路を調べてみようと思ったのじゃが……」


 しかし、魔法回路が見えんとなると、直接見る必要がある『鑑定』も使えぬし、どうやって調べたものか……


 当然、ワシが『魔力阻害症を治すポーション』を作れば完治させる事は可能じゃが、それだと根本的解決にはならぬ。

 ポーションを作れるワシが没したから治療出来ぬ、なんて事になってしまわぬ様に、治療法を確立させておかねばならぬ。

 しかし、その為には異常を起こしておるであろう魔法回路を調べねばならぬのじゃ。


 取り敢えず、ジェスター殿の治療方法を考えねばならぬ、と言う事で、今日は解散して自宅へと戻って来たのじゃ。


「ううむ、どうやって調べるかのう……」

 

 まずはどうやって魔法回路を視認するのか、が最初の問題じゃ。

 見えぬものを見る方法、そんなもん分かる訳ないじゃろ。

 マナそのものを見れば良いと思うじゃろ?

 マナと言うのは空気中にも存在するんで、マナを見える様にしたら目の前真っ白になって、何も見えぬ様になるのじゃ。


「グガァ?(飯作ったが喰うか?)」


「ぉ、もうそんな時間かの」


 本日の晩御飯は~、パイクラビットの照り焼きじゃの。

 うむ、美味いのじゃがちょっとタレの量が多いのう。

 あ、クモ吉が食べておる肉がテーブルクロスに落ちてしもうた。

 慌ててクモ吉が拾い上げておるが、茶色い染みが付いてしもうた。

 コレは後で染み取りせんといかんのう……

 酷くなる前に拭き取ったのじゃが、繊維に染み込んでしまったのじゃ。

 しかし、その様子を見て閃いたのじゃ!


「そうか、魔法回路も見える様に染色すれば良いのじゃ!」


 実際に染色する訳では無く、例えば、切った白いバラの花を色水に付けておくと、色水を茎の水管が吸い上げて花弁を染める事が出来るのじゃが、その際、水管も色水を吸い上げておるから染まっておるのじゃ。

 つまり、魔法回路に外部からマナを流して、それを観測すれば異常箇所を調べられるのじゃ。


「グァ、ガ(取り敢えず、喰ってからにしろ)」


「うむ、分かったのじゃ」


 最近、どうもベヤヤは食に関しては厳しくなったのう……


 取り敢えず、これからやる事を食事しながら考えるのじゃ。

 まず必要になるのは、体外からマナを供給する魔道具と、患者の状態を見る為の魔道具じゃな。

 他にも、検査中に体調を確認する為の魔道具も必要になるのう。


 町の建設の関係で材料は探せば色々とあるからのう。

 食べ終わったら早速作らねば!

 

 そうして、パイクラビットの照り焼きを食べながら、頭の中で設計図を組み立てていくのじゃが、コレはアレじゃの、早急にゴムとかシリコンとかを見付けねば不便じゃのう。

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