第75話




 領都ルーデンスから隣の国であるクリファレス王国に向かうには、いくつかの町を経由し、関所を通る必要がある。

 当然、そこを通るには身分を証明する必要があるのだが、冒険者は大抵スルーされている。

 と言うのも、冒険者の大半は冒険者ギルドに身分を保証されているからだが、中にはそれを悪用する奴等もいる。

 なので、明らかに怪しい奴や、ギルドからも注意人物として登録された奴は、個別に対応されている訳なんだが、関所ではそういう奴を対象に訓練された兵士が常駐している。

 具体的に言えば、兵士と魔術師が複数人で組んで、兵士が押さえている間に、魔術師が魔法で拘束する訳だ。


 喚いていた冒険者数名が、拘束されて別室に連れて行かれるのを横目に、乗合馬車が関所を通過していく。

 連れて行かれた奴等はなんでも、バーンガイア国のギルドで禁制品の密輸に係わっている疑惑が掛けられていて、他国へ逃げる可能性があるとして関所にも注意喚起がされていたらしい。

 この後、詳しく調査されて問題が無ければ、関所を通過する事が出来るらしい。

 もちろん、持ち物の中に禁制品があったら、その場でそのまま拘束されて審問に掛けられる。


「あんなのはよくある事なのか?」


「最近は減ったんですがねぇ……まだの事を舐めてる奴等があぁしてとっ捕まっとるんですわ」


 乗合馬車に乗り合わせた冒険者の一人に聞くと、そんな事を呟いていた。

 この冒険者の名前は『ナグリ』と言い、くすんだ金髪の中年に差し掛かった男で実力はそこそこ。

 主に乗合馬車の護衛をする事で生計を立てていて、こうして国境を越える事は何度もやっており、その度に、同乗する冒険者に注意をしているらしい。

 そして、ナグリが言う『アレ』と言うのは、関所に置かれている棒の先に取り付けられた水晶。

 『判定の水晶』と言う魔道具で、登録した物を感知して水晶が光るのだが、その色で簡易的に判定される。

 今回は、通過する際に赤く光った為、乗合馬車に乗っていた全員が個別に判定され、問題の冒険者達が拘束された訳だ。

 アレはなんでも、クリファレスにある古代迷宮の奥で発見された物を、とある人物が解析して作られた魔道具で、ここ半年で関所に配置されまくっている魔道具らしい。

 なんでも、収納袋アイテムバッグの中に入っている物も感知するらしく、コレにより関所を通過する密輸はほぼ不可能になっているらしい。

 今までは人力により検査していた為に時間が掛っていたが、あの魔道具により掛かる時間は半分以下、男女関係無く調査出来るようになり、常駐する兵士の数を減らす事が出来た。

 ただ、その感知能力を舐めて、禁制品を密輸しようとする奴等がああして捕まっている。


「馬鹿に警告しても無駄だろう。 密輸なんてしなけりゃ良いだけだ」


「違いない。 金に困るくらいなら草でも毟っとれば良いだけじゃ」


 乗合馬車に乗っている他の客も、同じ様に呆れている。

 彼等は出稼ぎでバーンガイアに行っていたり、逆にクリファレスに出稼ぎに行く者達だ。

 その中でも異色を放っているのは、巨大な斧を抱えている筋肉髭達磨と言われてもおかしくない小男。

 ドワーフ族。

 元々は鉱山などの近くに住み、山を掘り進んで珍しい鉱石を集め、鍛冶などで巧みな腕前を見せる種族であり、その力は鍛冶だけでなく、戦闘にも活かされている。

 ただ、身長はそれ程伸びる訳でなく、大抵は150も伸びれば、ドワーフ族の中では高身長と言われている。

 彼の名前は『ゴゴラ』。

 バーンガイアで鉱石を売って鍛冶で使う物を購入した帰りであり、クリファレスにある故郷の鉱山に戻る途中だという。

 丁度良いので、ゴゴラに大きい水晶を手に入れる最適な場所を聞いた所、彼の実家近くにある里で水晶の加工をしている一族がいるので、そこで買えば良いじゃろう、と教えて貰えた。

 情報の礼として、バーンガイアで買っていた酒瓶を一本進呈しようとしたが、ゴゴラ曰く、酒精が弱い酒はあまり好みではない、と言われてしまった。

 まぁ行くまでに何かしら礼の品を考えておこう。


 ちなみに、バーンガイアで世話になったイクス達にも一応、冒険者ギルドを使ってクリファレスに行く事を伝言として残してある。

 ついでに、次会う時までにアイツから貰った武具を使いこなせるようにしておけ、とも発破を掛けておいた。

 正直に言えば、あの面々には勿体無いレベルの武具だからな、少なくとも使いこなして貰わねば困る。

 全く、何を考えてアイツはあんなモン作ったのか……

 まぁ多分、興味本位で作って、何も考えずに渡したんだろうけどな。



 そうして、やって来たのはゴゴラが住む鉱山の町。

 道中、兵士崩れの山賊がいたが弱過ぎて、ナグリによって妨害を受けた所を、ゴゴラによって大半が蹴散らされていた。

 蹴散らされた山賊達は立ち寄った町で引き渡しておいた。

 その際に聞いた話では、何でも隣国のヴェルシュとの小競り合いで逃げた兵士達が、各地で山賊になっているらしい。

 ちなみに、討伐隊が結成されたという話は無く、冒険者達が自主的に動いているだけとの事。


 鉱山の町と言う事で、そこら中の工房の煙突から大量の煙が出ているのを想像していたが、工房に煙突こそあるが、別に煙が出ていると言う訳では無かった。

 だが、そこら中でカンカンと金属音が響いている。


「おう、こっちじゃ」


 ゴゴラに案内され、彼が所属している鍛冶場に連れて行かれる。

 そこは他より一際奥の開けた場所で、巨大な平屋の建物で、数人のドワーフが鉱石の入った木箱を運んでいた。


「ゴゴラ親方! おかえりなさいっス!」


「あ、おかえりっス!」


「おう、今帰ったぞ、何か変わった事はあったか?」


「「ねぇっス!」」


 よく似た二人のドワーフが木箱を置いて、ゴゴラを出迎える。

 どうやら、ゴゴラの工房の従業員と言うか、弟子の様だな。


「あ、そう言えば、例の客が『早くしろー早くしろー』って催促に来てたっス!」


「6日くらい前にも来てたっス!」


「……アイツがまた来たか……」


 弟子二人が思い出したかのように言うと、ゴゴラの表情が歪む。

 どうやら、厄介な客が厄介な注文をしているようだ。


「取り敢えず、目的のモンは手に入った、ガガン、ドドン、炭屋に持ってっとけ」


 ゴゴラが二人に収納袋を手渡すと、二人が「分かったっス!」と言って走っていく。

 どうやら、バーンガイアで何か買ったようだが、炭屋という事は木材か?


「大変そうだな?」


「ん? あぁ、流石に面倒な相手の注文だがな、鍛冶師の腕なら俺がこの里一番だから仕方ねぇんだ」


 溜息交じりにゴゴラが言う。

 つまり、ゴゴラがこの町の長なのかと思ったが、長は別にいて、鍛冶の腕は別に関係ないそうだ。

 ドワーフ族だと鍛冶の腕で競ってるのかと思ったが、昔はそうしていたが、時代の流れで、鍛冶の腕だけでは無く政治も理解していないと、周囲から取り残されてしまうとして、今では学のあるドワーフが上に立ち、ドワーフの職人達がそれを支えていく形に落ち着いているという。

 まぁ、学が無ければ狡賢い連中によって食い物にされてしまうだろう。

 特に、ドワーフ族が作る武具は一級品ばかりで、ドワーフ族にとっては失敗作でも、人族からしてみれば十分な質だったりするので、詐欺師にとってドワーフの職人は狙い目だろう。


「確かに、見事な仕事だな」


 工房の壁にはゴゴラが作った武器が並んでいる。

 そのどれもが一級品であり、駆け出しには手が届かないような値札が貼られている。

 そんな工房の隅に、布が掛けられた机が置かれており、その布がズレて中身が見えている。

 それは、光の加減で虹色にも見えるインゴッド。


「……オリハルコンか?」


 コレがあるという事は、ゴゴラの工房はオリハルコンの加工を許された国営の工房って事になる。

 そんな工房が面倒だという相手……

 まさかとは思うが、考えたくないんだが……

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