「椿さん、すぐにご飯作りますから、少し休んでいてください!手も怪我してるし、大人しくしててくださいよ……?」

 由衣はエプロンを付け、キッチンに立つ。

「何かあったかな……」

 冷蔵庫を開けると、いくつか食材が入っている。彼女はそれらを手に取り、まな板を用意した。

 家の中に一定のリズムが刻まれる。包丁が食材を切る音だ。

 椿はその音に安心し、目を閉じた。

 いい音だ……安心する……。耳に入ってくるこの音が、俺を安心させてくれるんだよな……。椿は心地よい気持ちになり、いつの間にかうとうとしていた。

「……さん!?……椿さん!!」

 声に驚き、起きる。

「良かった~!寝てただけなんですね!?また飛んでるのかと思って心配しましたよ……。ご飯できましたから、食べましょうか!」

 部屋中にいい香りが漂っていた。

「マジか!オムライスじゃん!」

「椿さん、オムライス好きでしょ?今日はいつもと違うオムライスにしてみたんです!」

 まるで、店で出てくるようなオムライスだと、椿は伝える。彼女は口を結び、照れていた。

「……うん、美味い!これ、バター……?」

「そうなんです!ケチャップがなくて、いつものが作れなかったんで、具材とご飯をバターで味付けして、昨日の残りのホワイトソースをちょっと変えて、こんな感じに……口に合います……?」

 椿は頬張っていた。

「由衣、これ最高だよ!また作ってほしい!」

「ま、まあ……材料があればいつでも……」

 由衣はそう答える。

「この家でお前と鷹斗と一緒に、食事したり……テレビ観たり、遊んだり、言い合ったりしてる時が一番楽しくて安心できるな……自分だけの家族って感じでさ……」

 しみじみとそういう椿。

 由衣は何も言い返せないでいた。


 食事を終えた二人は、鷹斗の帰りを待っていた。

「鷹斗さん遅いですね……」

 時間は既に21時になっている。

「由衣、先に風呂入っておいで。多分、まだ帰ってこないからさ」

「そうですね……。あ、私をお風呂に入れて何かしようとしてます?」

「え?あ、いや……」

「そうなんですね!?椿さん!今度こそ本当に怒りますよ!?」

 詰め寄る由衣から離れる椿。だが、由衣はどんどん近づいてくる。

「せめて声かけてくださいっていつも言ってますよね!?バカなんですか!?」

「わ、分かったって……言うから!何するか言うから、その手を放せ!」

 由衣は椿の手首を持ち、ひねっていた。痛みがあると集中しにくいため、術は使えないと由衣は知っていたのだ。術を使わせないように、彼の腕をひねっている由衣の顔は、まるで悪代官のような表情だ。

「何するのか教えてください!術を使うなら、私が椿さんに触れていますから」

「……この事件、これで終わりだとは思えないんだ。簡単すぎる……」

「どういうことですか?」

「俺が気になっているのは三つ。まず一つ目、勇気を誘拐し、あの家に連れて行った本当の理由。二つ目、永野が江賀市の自宅を売却しなかった理由。そして三つ目、なぜ死返玉を持ち、あの文言を知っていたのか……それを授けたのは誰なのか、俺はそれが気になっているんだ。だから、それを視ようと……」

「分かりました。でも、せめて鷹斗さんが戻ってきてからにしてください。何かあったとき、私ひとりじゃなくて鷹斗さんがいる方が安心なんです。それに、鷹斗さんにも伝えてからじゃないと、また怒られますよ?」

 由衣は諭す。鷹斗に怒られると聞いた椿は、顔がひきつり、「そ、それもそうだな……」と諦めた。


「おはよ~う……ふぁ~っ……」

「おはよう鷹斗。てか、でっかいあくびだな……いつ帰ってきたんだ?」

「え~……夜中の二時……だった。眠くて眠くて……今日は休みだから二度寝する~……」

 わずか数時間しか眠っていない鷹斗は、朝からいつもの覇気がなく、ソファにうなだれていた。

「鷹斗、話があるんだけど……」

「ここにいてて良いなら聞くよ~」

 ソファに寝ころびながらも、鷹斗の目は椿を見ていた。

「あのさ……術、使いたいんだ……。使っても……いいよな?」

「どうせダメだと言ってもお前は使うんだろ?俺と由衣ちゃんがそばにいるときにしてくれ。勝手に使うな。いいな?それと……」

 鷹斗はソファから立ち上がり椿に近づく。

「ちょ!おい、いきなりなんだよ!」

 椿を抱きしめる鷹斗。なぜか顔を赤らめる由衣。戸惑いながら彼を引き離そうとする椿。これを多分……カオスというのだろうか……。

「ちゃんと言って偉い!やっと成長したな~!」

「お前、朝から酔ってるわけじゃないよな!?素面しらふだとしたら、お前ヤバいって!」

 何とか引きはがした鷹斗をじっと見る椿。

「お前……なんかあったか?」

「いや、何もない。あ、この事件な……もうすぐ解決するから、お前はこの事件にはもう介入しなくていいぞ。助かった。ありがとうな」

 そう言うと、彼はまたソファに横になった。

「由衣、あいつ……なんかちょっとへ……おい!お前は一体何を想像してんだ!」

 彼女は顔を赤らめながら、二人を交互に見ていた。

「由衣!」

「え、あ……すみません!話って……」

「お前な、変な想像するな!ましてや、俺の近くでするな!」

「あ!そうだった……私って本当にバカですね!私の妄想が椿さんにバレてしまうのに……」

 そんなことはどうでもいいと言いながら、椿は由衣に話した。

「あいつ……何か隠してる。さっき抱きつかれたときに、感じたんだ……。あいつが何かを隠してるのを……。多分、事件のことだろう……俺には言えない何かがあったんだ……」

 椿はソファで二度寝する鷹斗を見つめていた。


 椿には言えないよ……。この事件、まさかお前が関係しているなんて―――。

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