5分の3・その後の2人
羊屋さん
第11話 ver2
妻と僕は手を繋ぎながら柵へ向かった。
しかし、妻が勢いよく後ろへ手を引っ張る。
だ、め
ここまで来てか?僕は驚いた。
わ、た、し、が
わ、る、か、っ、た
ご、め、ん、な、さ、い
呆気に取られた僕は引き寄せられるまま、妻の手を握り、後ろへ下がった。そして、無言で──音は聞こえないのだがもしかしたら妻は何か言っていたかもしれない。妻は独り言が多いのだ──2人で屋上に出てきた扉に戻る。
8階に降り、妻が家の扉を開けてくれる。すると、嗅ぎ慣れた自宅の匂い、手を伸ばすと靴箱の上に置いてある写真立てに手が触れた。
「……ただいま」
お、か、え、り
自宅なので壁に手をつきながら廊下を進む。自室のいつも作業をしていた机の前に座り、一息ついた。
直前まで心中をしようとしていたとは思えないほど、心の中は穏やかだった。
まず僕は、今できることは何か考えた。視覚も聴覚も失われた自分に。残っている触覚と嗅覚と味覚。それがどう活かせるのか。
手探りでできる作業……まず点字を覚えようか、とは思いついた。いくらか他人とのコミュニケーションに役立つだろう。明日妻に伝えて、どこか教室を探してもらおう──。
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