第96話

「こいつらどこから! くそっ!」


「馬鹿! ここは一旦退け!」


 ホブゴブリンの唐突な登場に冷静さを欠いた若い探索者が焦って攻撃を仕掛けようとすると、淳はそれを引き留めようと大声をあげた。


 だが若い探索者は止まらず、その手に握っていたレイピアで突きを繰り出し……。


「ききっ!」


「くっ! しまった――」


 ホブゴブリンはまるで若い探索者がどこに突きを繰り出すのか知っていたかのように、被っていた『ノスタルジアの木』で作られているであろうヘルムで若い探索者の攻撃を簡単に弾いた。


「――『空間爆発』」


「ぐぎゃああああああああああああああああああ!」


 ヘルムで攻撃を弾いたホブゴブリンの爪があわや体勢を崩した若い探索者の首に突き刺さるというタイミングで朱音がスキルを発動させた。


 ホブゴブリンの絶叫と爆発による煙が辺りを包む。


 おそらく唐突に姿を現したホブゴブリンたちは陰から淳たちの攻撃パターンを研究した上で襲ってきたのだろうが……。なんというか、頭はいいのに間が悪かったな。


「凄い……。ありがとうございます朱音さ――」


「ぎ……」


「え?」


 朱音が起こした爆発の威力に価値を確信したのか、若い探索者は振り返って朱音にお礼を述べた。


 しかしそんな中微かに聞こえてきた一匹のホブゴブリンの声。


 若い探索者はその声に動揺しながらもう一度ホブゴブリンに視線を移す。


 すると煙が少し晴れ、今の爆発で吹き飛んだと思っていた爪を差し向けるホブゴブリンが装備を失いながらもその姿を現した。


 しかもその差し向ける爪は若い探索者の首元に向かって動いて……。


 これが耐性バフの効果ってことか。なら……。


『属性弓【水】』


 俺は心の中で呟き、事前に発現させていた魔力弓を属性弓に変換すると、ストックしていた魔力矢を装填させた。


 矢じり部分の色が青色に変わったが、おそらくこれはエンチャントが完了している証拠……。ということはこれでその属性のスキルを発動させられるはず。


「『バブルクリーニング』」


 俺はスキル名を口に出しながらいつものように弓を引いた。


「ぎっ!」


 ホブゴブリンは俺の攻撃に気付くと伸びた腕を元に戻し、またヘルムを使って防御しようと頭を下げた。


 ホブゴブリンは俺の攻撃を、魔力矢を物理攻撃力が反映されたものだと判断したらしい。


 咄嗟の判断とそれの対処法に成功例のあるものを使うという思考はやはり知力の高さを感じるが……。敗因はエンチャント、正確に言えば属性エンチャントというものを知らなかったってことに限るな。


「ぎっ……」


 俺の放った矢はホブゴブリンのヘルムに命中。青い光を放つと、矢の先からはブクブクと泡が生まれ、ヘルムを瞬く間に包み溶かした。


 しかも矢はその勢いを殺すことなくホブゴブリンの脳天を貫き、その身体さえも包み溶かし始めた。


 『バブルクリーニング』というスキルはその名の通り、泡の力できれいさっぱりとホブゴブリンという名の汚物を掃除してしまったようだ。


「な、なんだ、このスキル……。これがあの弓使いのスキル? それに今の青い色の衝撃波は?」


「魔法攻撃力特有の衝撃波エフェクト……。おそらく通常の魔力矢と同じように会心が出た際に対象のHPを超過した分が今の衝撃波によって他のモンスターにもダメージを与えるはずだ。属性エンチャントした魔力矢は魔法攻撃力が適応されているからなのか、その範囲や勢いは控えめだったな。それに……分裂の効果もなし。スキルのレベルを上げていかないと、通常の魔力矢による攻撃ほどの利便性が――」


「ぽっとでのくせになんでこんなスキルを持ってるんだよ……。チーター? ……もしかして楽して強くなれる方法をこっそり保有しているんじゃ?」


 俺のスキルを見ていた朱音や淳を含む探索者たち全員がぽかんと口を開けていると、危機一髪助かった若い探索者が口を開き、そしてその口調を徐々に強め始めた。


 こうなると流石にちゃんと弁解しないとまずいか……。


「あのな、俺は――」


「飯村君は一〇年間ほぼ休まずとにかくダンジョンに通い詰めていた。それも弓使いっていう外れ職業に就いたってこともあって、モチベーションはそこまで高くなかったはずなのに。飯村君からしたらたった半年頑張っただけ、しかも恵まれた環境の中という状況で探索を怠るっていうのは腹立たしいし、勿体ないって感じじゃないかしら?」


「一〇、年?」


「それが長く感じるか短いと感じるかは人それぞれだけが……。俺は他人が思うより楽して強くなれたわけじゃない。それに朱音が言った通り、環境に恵まれて短時間で強くなれた奴の殆どが今でも憎い。英雄なんて言われているが、俺はただただ諦めが悪くて嫉妬深いだけの探索者なんだ。だがそんな俺でも拓海みたいに努力する奴に嫌悪感は抱けない。それどころかある意味で尊敬さえ覚えている。それは俺が拓海を超えることになっても」


「……超えても」


「ああ。勿論探索者として強さを求め、拓海と同程度努力するなら俺はお前もその対象になりえ――」


「飯村一也の尊敬の対象に自分がなる。……。それってこのギルドに入っているってことより数倍価値が……。胡坐かいてるより、後ろ気にするより、それ目指した方がよっぽど楽しいかも……。その具体的にそうなるには何をすればいいんだ? いや、何をすればいいんですか?」


「え?」


「これはびっくりするぐらいの掌返しだことで。先輩なんだからしっかり答えるんだぞ、飯村」


 急に敬語になった若い探索者に詰め寄られている俺を淳はからかい、クロと朱音は温かく見つめてくるのだった。

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