第79話 巨体
「あっ! 待ちなさい!! 折角私がここまで出向いてあげたっていうのに……」
「あれ、焦ってるの? まぁ、そのトロルが居なくなったらあなたなんか大した事ないモンスターもんね」
「……あなた、それ本気で言ってるのかしら? だとしたらきつーい調教が必要ね」
階段に足を掛けるとサキュバスはそれを食い止めようと声を荒げた
だがそれをクロはわざとらしい挑発で妨害する。
恐らくはクロよりもサキュバスの方が戦闘レベルは上。
それを拳を交わした本人も分かった上で送り出そうとしてくれている。
『やっぱり』、なんて考えている暇があれば急いで階段を下って仕事を全うしなければ。
「それに私が無防備にそんな大切なものを置いてくるとでも? あの人間のスキルが強力なのは知っているけど、『あれ』はとりわけ馬鹿だから……言いつけ忘れて殺しちゃったらどうしよう。ただ万が一『あれ』をどうにか出来たとしてもその頃にはあなたは私の手中。そうなれば――」
「――不安を煽ろうとしても無駄だ」
俺はサキュバスが何かを言い切るよりも早く、その声が届かなくなる場所まで移動を完了させる。
親密度が上がったからなのか、今は何を言われてもクロの言動しか俺の気持ちを動かさない。
階段を下るスピードをグングンと上げ、かなりの距離を下ったと思う頃に40階層への入り口が見えた。
今までの様にトロルの姿はない。
様子なんかしないで一気に突っ込んで速攻で片付けてやる。
「魔力弓、消費魔力30」
俺は弓を構えながらトップスピードで40階層に踏み入れた。
そして敵を視野に入れるよりも前に、余った矢を連射。
クロのバフが無いとはいえ、これを受け切れるようなモンスターが居るとは思えな――
「ぐ、お? お前、これ、欲しいのか? でもあげない。俺、これを守る。あいつ、経験値を分けてくれる。俺、攻撃受け入れる。あいつ、俺の欲満たす」
俺の放った矢は目の前で突っ立てうたバカでかいトロルの肉を一部抉った。
だが、そんな事には動じずにバカでかいトロルはその手の平に乗せていた真っ赤なものを自分の口の中に放り込んだ。
通常の個々のボスは確かキングトロル。
10メートル程の巨体で、重たい一撃を放つ代わりに動きが異様に鈍いモンスターだったと記憶しているが……。
「こいつは40メートル位はありそうだな」
元々キングトロルの居る階層という事もあってかなりの高さがある階層になっているはずだが、こいつを見ているとそんな天井も低く感じてしまう。
跳ねるだけで天井が崩れてこの階層が埋もれてしまうんじゃないか?
サキュバスの口調からボスモンスターを育てている可能性も考えてはいたが、まさかこんな化け物を用意しているとはな。
てっきり一緒に居たトロルがサキュバスの手駒で最強だと思っていたが……切り札は隠しておくってか。
「お前のお望みのもの、腹の中。もう手に入れるのは、不可能」
「腹の中か……だったら、その腹ごと吹っ飛ばしてやるよ。『魔力弓、魔力消費200』」
「お前の攻撃強い。だけど、俺は食べずに治る、無駄――」
「さっきのが俺の最大火力だったならなっ!」
俺は魔力の殆どを費やして魔力弓を顕現させると、弓を引いた。
放たれた矢は甲高い風切り音を発生させ、俺の身体にとてつもない反動ダメージを与えた。
間違いなくこれが今の俺の最大火力。
これでだめなら後はクロの力を借りるしかないか――
「ぐ、あああああああああああああああああああああっ!!」
「腕をクロスさせて腹を守ったか……。再生力は……速いな。へへ、あいつの奴隷になるだけでこんなに強くなれるのかよ」
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