第76話 仕方なく

「でもトロルのHPを考えると……。後で怒ってくれて構わないからしばらくは我慢してくれ」

「え?う、うぅ、……はい」


 恥ずかしがるクロの手首を服の上から握って32階層へと引っ張る。

 跡にならない様に出来るだけ気を付けながら。


 クロは小さく呻きながらも了承してくれた様で抵抗してこないが……。帰ったらちゃんと謝罪はしないとな。デパ地下スイーツとかでしこたま買ってあげよう。


「に、人間、殺す!! ぐへへ……」

「性欲に縛られてると思ったら最高に気持ち悪いよ、お前ら。急いでるからさっさと死んでくれ」


 群れるトロル達はさっきよりも屈強な身体を持ち合わせ、32階層全体にサキュバスの体液の匂いが微かに漂っていた。

 おそらくだが、トロル達がマーキングした場所に体を擦り付け余計に匂いを充満させてしまっているのだろう。

 トロル達がなんでそんな事をしているのかは考えたくもない。


「一也さん……」

「分かってる」


 クロに急かせられながら俺は口を使って弓を引いた。

 前にアーチェリーの試合で口で弓を引く人達を見た事があったが、案外上手くいくものだ。

 敢えて中央部にいる一番大きい個体のトロルの頭部に狙いを定めたその矢は案の定一撃でその身体を爆散させ、衝撃波を生み出した。


 衝撃波だけだと堪えきれる個体もいるようだが、反撃する程の力は残っていない。


「やっぱり一撃で屠るってのは快感だな」

「う、ぐぐ、し、死にたくない。ボ、ス……。う゛っ――」


 俺は残ったトロル達の処理をしてしまおうと構える。

 しかし残ったトロル達の身体はいきなり萎み始め、皮だけへと変わっていく。

 サキュバスは経験値や魔力を吸い取ると言っていたが、知らぬ間に精気まで吸い上げているのかもしれない。


 HPが極限まで減った事による免疫力の低下とサキュバスの見限りが合いまった結果こうなったのだろうが……。


「情けないなお前ら」


 性欲に振り回された結果悲惨な結果を産んだトロル達に俺は侮蔑の視線を向けると、次にサキュバスのマーキングポイントを潰す。

 それでも匂いは直ぐには晴れず、俺とクロの鼻腔を擽り続ける。

 これ以上まともにこんなのを嗅がせられるのは明らかにまずい。


「クロ、これで口元を塞げ」

「で、でもそれだと一也さんが……」

「俺は大丈夫だから」

「……んっ!」


 弓の具現化を一度解除してポケットからハンカチをクロに手渡そうとすると、クロは俺の手を振り払って、俺の背中にぴったりとくっつき俺の服に顔をうずくまらせた。


「これで、多分大丈夫。匂いも……。これはサキュバスのじゃないから」

「そ、そうか? そっちの方が弓は引きやすいから助かるといえば助かるが……。クロ、さっきまで恥ずかしいって……」

「敵の攻撃を耐える為だから仕方ないの! バフに関しては、最悪ずっとああじゃなくってもどうにかなったかもしれないけど……。これはどうしようもないから」


 やけくそ気味に言葉を綴ったクロは、俺が振り向いても目を合わせようとせず、黙り込んでしまった。

 仕方なく俺はこの階層にモ同じように時空弓による罠を張ると、ハンカチを口に当てながら次の階層へ駆けだした。

 

 だが足取りはさっきまでよりも重く感じ、身体も熱い気がする。

 胸の鼓動も速くなり……。

 完全に敵の術中に嵌ってはいないものの経験値や魔力を微量ながら吸い取られているのは間違いない、それに幻覚を見せるだけでなく……。


「――やっぱり催淫効果もあるよな。」


 33階層にいたトロル達の何匹かが岩の側に群れているのを確認すると、俺はクロの視界に入る前にそれを排除。

 ここからは、酷い光景を見せない為にも速攻で片付けないと。そうだクロにはしばらく目を瞑って――


『サポーターの親密度が上がりました。耐性――』

「だからその報告、今は止めてよぉ」


 俺が何か言い出す前に、クロはより服に顔をうずくまらせて自分で視界を遮るのだった。

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