第70話 トロル
「クロ、俺につかまれっ!」
「うんっ!」
俺はトレントを狙って弓を引いた。
落下に対して矢が放たれる反動が作用し、俺達は急ブレーキをかけた時の様に一瞬体が浮いた。
落下速度が緩やかになりほっと胸を撫で下ろす俺達と、爆散するトレント。
そしてその光景にポカンと口を開いたままの探索者達。
俺達はもう慣れてしまったが、ボスを1撃というのは初見だと衝撃が強いよな。
「悪いな、獲物を横取りしたみたいになって」
「い、いえ。こっちこそ何も出来なくて……。その、飯村さんですよね? もしかして今からこの先に?」
「ああ。ここからは風変わりなモンスターが多い。もし進もうと思っているなら十分気を付けてな」
狩りの邪魔をしてしまった事に謝罪をすると俺達は次の階層の階段へ向かう。
そんな俺達に遠くから『凄い』とか『かっこいい』とかクロに対しては『可愛い』なんて声も。
この状況下の中、こんな事で喜んでしまうのは俺が単純過ぎるからかもしれな――
「へへ、可愛いって、そんなぁ……。ああいう風に言われると、なんというか、ちょっと気持ちが昂るね」
満足気なクロ。
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやらだが、50階層までの道中、これなら突っ走って行けそうだな。
『ぐ、あ……』
「モンスターの声……階段を登ろうとしてる個体がいるのか? ともあれ……魔力弓、再具現魔力消費10、魔力矢、魔力消費20」
俺はトレントを倒して魔力を回復出来た事を確認すると、新たに弓を産み出して階段を下る。
呻き声が微かに聞こえるが……次の階層は確かトロルだったか?
「――う、ぐあああ……」
「ここを登ってくるくらいだから何か前までの階層みたいに特殊な条件下を作ってるかと思ったが……そうじゃないのか?」
「う……。痛そう」
暫くすると呻き声がはっきり聞こえ、その先にモンスターの姿を捉えた。
やはりモンスターはトロル。
ギリギリ階段を通れる程の太さのそれは、徐々にHPを削られているようで、辛そうな表情を見せている。
それに口や目からは血を流し、よく見れば身体中に傷跡が見える。
傷跡は何かで叩かれた跡にも見える……。
もしかすると今回の階層を統括するモンスターは今までと違い単純に力で言う事を聞かせるタイプなのかもな。
「う、ぐ、外、そ、と……」
「トロルは人語を扱えるってのは本当だったのか。まぁ見た目は人間に似ているからな」
「ちょっと可哀想」
「そうだな。でもこのままにしておく方が可哀想だと俺は思うぞ」
身体を這いずらせて必死に階段を登ろうとするトロルに向かって俺は弓を引いた。
――パンッ!
いつもの破裂音が鳴り響く。
トロルはウォーコボルトや一定のボス以上に耐久力、特にHPが高いモンスターらしいがこれも問題はな――
「う、が……」
一体片付けると奥の方から鞭の音が響き、再びトロルが顔を出す。
思えば階段にこびりついた血の量やその場所からして、登って来ようとしたのは1匹ではない。
特段顔を出すトロルに対して危機感はない。
だが、その奥から聞こえる鞭の音はどうにも嫌な予感がしてならない。
「クロ、トロルを破裂させるのと同時に突っ込むぞ」
「うん!」
――パンッ!
「こんなところすぐ突破するんだからっ!」
俺が弓を引きトロルを殺すと、クロは勢いよく31階層に踏み入れた。
しかしその勢いは次の瞬間失われ、クロは目の前の景色に思わず口に手を当てた。
「う、が!」
「う、お前、行け」
「負け、叩く、それで上、目指せ」
トロル同士の階段を登らまいとする醜い争い。
時に誤って殺した仲間を食うトロルや殴り合うトロル、レベルが高いのかそれとも進化した個体なのか、鞭を持って命令を下すトロル、溢れ返る様々なトロル達がその場を地獄の様相に変えていた。
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