第48話 鱗粉
「まさかあれ、ここまで来ないよな?」
「アクアウォール【ドーム】」
白い鱗粉が階段を凄まじい速さで駆け上がる。
それを見た拓海は万が一それがこの階層に蔓延した時を考えてか、防御スキルを広い範囲に展開した。
「周りは俺が何とかする! 一也は攻撃に徹しろ!」
「分かった。だがその身体、あんまり無理するなよ」
俺は鬼気迫る表情の拓海の言う通り転移弓で矢を20階層へと送り込む。
厄憶蝶はそんな俺の攻撃を身軽になった体で避けながらも鱗粉を上層へ送る事を止めない。
中々矢が当たらない事でフラストレーションが溜まる。
「――ちっ! もう少し矢にスピードが無いと……」
「落ち着け。映像を見る限り、こちらはまだまだ優勢。とにかく手を休め――」
「拓海?」
「どうやら鱗粉の効果がこの階層に現れ始めたみたいだ」
拓海の視線の先には目を赤くしたモンスター達。寄生先のモンスターを食ったパラサイトワーム達の大群の姿があった。
だが、そのモンスター達の身体は既にボロボロ。
モンスターがイレギュラーを除いて他の階層に移動しないのは、何故か階段を上ろうとするとダメージを負うから。
しかもダメージは階段を抜けても継続され、直ぐにHPがゼロになる。
これは以前モンスターを地上に連れ出そうとした探索者の体験談から判明しており、その際モンスターに回復スキルを試したが効果は反映されなかったとか。
それを生存本能として理解しているのか、モンスターは普通に階段を上ろうとはせず、階層を統括するモンスターはそれぞれのやり方で地上にモンスターを送りこもうとしているわけだが……。
「鱗粉を使って一部のパラサイトワームを無理矢理移動させてるっぽいな。仲間意識とかそんなものは『厄憶蝶』にはないのか?」
「無いんだろうな。そんな事よりも今は自分を殺そうとする何者かを何としてでも処理しようって必死。折角卵を生み出せるまでに育ったパラサイトワームは貴重なはずだが、それでも俺達の元に少しでも卵を、新しいパラサイトワームを送り込もうって腹だろ」
「卵……」
ボロボロな身体のモンスター達は俺達の姿を見つけると、残りの命を使い果たす様に絶叫。
その口から卵を産む個体、自分の腹を自分で破り卵を取り出す個体、各々がどんな方法でもいいから卵をこの場に残そうとする。
次々に生まれるパラサイトワーム達。そしてこの階層にも舞い出す鱗粉。
俺達の周りは次第にパラサイトワームと鱗粉で満たされていく。
「くそっ! 1回狙いをこの階層のモンスター達に切り替えて――」
「駄目だ! お前はたった1匹を殺す事だけを考えろ!」
「だが……」
鱗粉はさらに上層に流れていく。このままだと上の階層からも同じように……。
「『アクアバレット『拡散型』」
拓海が右手で銃の形を作ると、俺達を守ってくれている防御壁から拳位の大きさで水の弾丸が放たれた。
そしてその弾丸は1匹のパラサイトワームの前で拡散。1度に数十匹のパラサイトワームの身体を貫いた。
「俺は弱い。だが、一也に心配される程弱くもない」
「そっか。そうだよな」
俺は拓海のその言葉に頼もしさを感じて、弓を引く。
「――きゅあぁっぁああああああああっ!!」
「よしっ!」
ようやく矢が『厄憶蝶』の触角を捉えた。
頼れる相手に背中を任せるっていうのはなんて戦いやすいのだろう。
俺は一撃当てた喜びで声を上げると更に弓を引こうとした。
だが
「殺、す……」
「ん、ぐ……」
記憶を干渉され動けなくなっていたクロが唐突に俺の口と鼻を両手で押さえたのだった。
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